今日の鵜の瀬


今日はお客様をご案内して「鵜の瀬」から「上根来」へ

最近このコースが多くなってきました。

若狭小浜の日本遺産の一つのモデルコースです。


今日の鵜の瀬。

きれいでした。

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この水の透明度はどうなんだ!!!!


ここに水が注がれ、奈良東大寺二月堂の若狭井に湧き出す水を汲み取るのが

「お水取り」

奈良までみえそうな透明度だぞ。

もちろん鯖Tシャツをきたモデル同僚も透明度抜群で~す。

鯖Tシャツ。

欲しい方は、小浜市まちの駅旭座前のグリーンカフェまでお問い合わせください。




小浜旭座の「和と洋」


明治時代の芝居小屋である旭座。
日本の古き良き空間を感じさせる文化財として人気です。

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が、完全な和空間でないことも、来訪者を落ち着かせる一因です。

えっどこ??

DSC_2321.jpg

ん???

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と思われますよね。

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単純に「木」の雰囲気ただよう「和」が際立ちますが。

かなり和洋折衷しております。
まず建物の根本。

隠れた小屋組(天井裏の骨組み)ですが、
客席上はトラス組という洋の技術をつかっています。
このことによって、柱を抜いて大空間をつくっています。

一方、舞台は伝統的な平面配置となるので、和小屋の組となります。
舞台上を見上げると確認することができます。

実は他にも色々あるのですが、
一番は天井でしょうね。

DSC_2322.jpg

薄い緑色ですねん。
わりと違和感なく受け入れられていますよね。
洋風建築の色は、白色、レンガ色、薄緑色が基調色です。
石や金属の文化ですから。

しかも天井中央には格子組のデザインを用い、大きなシャンデリアがあります。

これら、よく見ると色々和洋折衷しているのですが、あまり気づきません。

このような和洋折衷が、日本文化となり明治から昭和初期のノスタルジーを
感じるわけです。

実は二千年近く日本は和洋折衷を進めている国で。
日本文化!と思っているものの中にそれらは数多く潜んでいます。

その文化を受け入れていたのは若狭小浜。
小浜旭座は、それを感じさせる最も新しい文化財なのかもしれません。


オバンの言葉


最近使わなくなった方言を、
亡くなった祖母の言葉をもとに思い出して書いてみた(笑)

若狭坊は、使わなくなったけど、だいたい分かる。
いや、たまに使っているようで仕事場でも恥ずかしい思いをする。
個人的に「くぼたん」では極力使うようにしているので、
どうしても仕事場でも、ポッと出てしまうことがあるのだ。

子どもたちは祖母や父母とのコミュニケーションが多く
ビミョーに判るようだが、妻はほとんどわからないらしい(笑)

五十音順に選りすぐりです。
小浜や若狭地域で通用するものもあれば、県内で通用するものもあれば
くぼたん周辺でしか通用しないものもあります。


あばん = おばさん
あんない = おいしくない
あんにゃん = お兄さん
あんじょう = 上手に
いぬ = 帰る
うら = 私
おぞい = 恐ろしい
かざ = 匂い
きょうとい = 怖い
けなるい = うらやましい
こさえる = 作る
すいばら = とげ
せせこましい = 狭い
だわ = 不精
ちっと = ちょっと
どべる = 腐る
なぶる = 触る
ねぶる = 舐める
ひだるい = ひもじい
ほおける = 夢中になる
ほっこり = 疲れる
まかる = 供え物をいただく
めんどい = みっともない
めげる = 壊れる
やっと = 沢山
よばれる = ご馳走になる
わやく = 粗雑

いかがですか?

また、次の機会に五十音で違う言葉出してみます。

ブログネタ切れじゃないですよ。

これも「歴史文化」ですからね。

小浜の田舎の人で、
中年以上の方は共感できる言葉多いかな??

ちなみに小浜の中でも、私たちのところと西津の漁師町では
言葉もぜんぜん違ったりします。

高校進学時には、西津や高浜の人としゃべって驚愕したのを思い出します。
今はそんなことないのだろうな。
ちょっと寂しい気もします。

だから子どもたちには方言を喋らせるよう洗脳しています(笑)

ちなみに、くぼたんなど南川鯖街道沿いの人々は京都に近くみやびな言葉を使います。

まちの子です。

「小浜」世界遺産から日本遺産


もう忘れられつつありますが・・・
若狭小浜は世界遺産をめざしていました。
あえて過去形です(笑)

厳密にいうと世界遺産暫定リスト登載に立候補していました。
世界遺産になるためには、実は国内の暫定リストという候補に入らなければなりません。
が、小浜は残念ながら登載には至りませんでした。
ただ、「落選」したわけではなく、いまだに候補となっています。

正式名称では「世界遺産暫定リスト記載候補カテゴリーⅡ」
いわば、世界遺産の候補物件の候補として宙ぶらりんなのです。

あれから7年。
若狭小浜は、日本遺産の第1号認定を受け様々な取り組みが展開されつつあります。

実は地域に根差した文化財が地域発展・活性化に供するには、
一時的な世界遺産登録によるブームより、
日本遺産認定による継続した取り組みの方がいいのかもしれません。
負け惜しみみたいですが(^^ゞ

実は世界遺産というものは明らかな文化財保護制度。
遺産登録後は、観光人口増で活性化しますが、一気に下降線をたどります。

当初登録の姫路城や法隆寺などの恒久的な単体モニュメントは別ですが、
最近のいくつもの文化財をまとめたストーリー性重視の世界遺産は、
来訪者に非常にわかりにくい。

一方、日本遺産は、文化庁という国の文化財行政のトップのお墨付きをいただきつつ、
そのブランドを活かし観光や地域活性化に主眼をおくという今までになかった制度。

ストーリーも専門性もそうですが、
なんとか一般に分かりやすいようにと試行錯誤されています。

増えつつある外国人旅行客の魅力にせまるテーマも想定する。
地方創生とともに、地域支援もある。
住んでいる人にも身近で産業や教育にもつながる。
今は日本遺産の方がいいような気がします。
でも、そこから「世界に誇るもの」として世界遺産に成長していくものもあっていい。

実は個人的にそのポテンシャルを一番もっているのが
小浜を含む若狭一体「御食国若狭と鯖街道」だと思っています。

さて、昨年登録の「明治の近代化遺産群」、
今年審査予定であったがイコモスの調査を受け申請取り下げとなる「長崎の教会群」、
来年審議予定の「沖ノ島関連遺産群」。
これらは、実は若狭小浜と争って暫定リスト登載となった遺産たちです。

なぜか??北九州、山口などに集中しているのは???ですが(笑)
いずれも政治とは関係のないすばらしい遺産。

でも、世界遺産になって良かったのか??良いのか???
沖ノ島なんかは、保護の観点から世界遺産にすぐになるべきものでしょう。
禁足地ですから「公開」というものとの狭間がむずかしくなるでしょうが。

一方、近代工場や教会は日本遺産になって、多くの活用のもと、
人に接する文化財として生きていった方がよかったのではないか?
日本遺産向きのような気がします。
そこから世界遺産にステップアップした方がよかったような・・・

文化財の保護と活用は、永遠のテーマなのかもしれません。

日本遺産という制度。
保護一辺倒だった近代化文化財保護から、
古いものをパラダイス化して公開していた
古代から近世までの「日本らしさ」「歴史」を継承しています。

日本らしい制度。
世界規模の規範である世界遺産より日本向きなのは当たり前ですね。



龍の正月

申年なのに何で龍やねん! 
は、ご勘弁いただき(笑)

今日は、若狭の正月行事の一つである六日講が行われる日です。

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村の入り口に藁で作った「ジャ」と呼ばれる龍を結び、一年の厄除や豊作を願うものです。
勧請札をかけるので、若狭では勧請綱といいます。

みなさまの家の神棚、地域の神社のしめ縄を掛け替えるのと似たようなもの…かな?
いや…もっと深いものかもしれません。

米を実らせる藁で綱を結い、年神を迎える。
ここに違いはないです。

正月に龍って、日本にはあまりイメージがないかもしれませんが、中国の正月と言えば龍。

龍は水を司るものとして、一年の農耕予祝には欠かせないものなのです。
農耕地域の正月行事には「龍」なのです。

この勧請綱ですが、日本では小浜から西の若狭湾岸から、近江湖東、伊賀、伊勢、大和に集中して残っています。

大陸から、海と都をつなぐ若狭、そして都のあった大和まで。
地図上に、大陸からの文化の流れを示すようにドットすると龍のようにみえます。


そして、お水送りにあるように、若狭から琵琶湖・京都を経て奈良にいたる龍のような道筋には、若狭の水が湧く伝承。

若狭は水を司る龍の住処なのでしょうか。

風水の世界では、良い気の流れがある場所を龍脈というそうですが。
これら、若狭から奈良までの道筋は龍脈なのでしょうか?

さて、いわゆる「お水取り」は、東大寺二月堂修二会において、ご本尊にお供えする閼伽水(AQUA)を若狭井から汲み取ることが注目された正月行事。

この水が若狭の鵜の瀬に注がれる行事が「お水送り」と呼ばれる小浜の行事です。

お水

このお水送りに関連する若狭一宮根本神宮寺は、長尾山(多田ヶ岳)という長い尾をもつ「龍」を御神体として祀ります。
山脈一帯が「龍体」のようで、北東の若狭神宮寺周辺の地域は龍前、逆の南西の地域には尾崎という地名を残します。

そして脈が湧く龍穴が、白石神社・鵜の瀬という水を流す穴なのでしょうか?
神宮寺にある水が湧きだす閼伽井戸なのでしょうか?

ちなみに東大寺二月堂修ニ会(お水取り)を始めた実忠は、渡来僧で一時期若狭神宮寺にいた伝承があるが、
実忠がこの行を開始した経緯として、東大寺東方の笠置山の「龍穴」に入ったところ、菩薩が毎晩補陀落山に
登って観音を礼拝している姿を観、これを体現したものと伝える。

お水の由緒については有名で、修ニ会に際し、全国の神を招集したところ、若狭の遠敷明神が遅れて到着。
しかし、この行法に感嘆し、若狭の水を奉献するということが『東大寺要録』に記されている。
二月堂左奥には遠敷神社があり、堂下には本尊の水を汲む閼伽井「若狭井」がある。

古くから御食国として、奈良に食を供給していたのが若狭。
食は不老不死につながり、その根底には水がある。
龍の水が豊かな食を生み、龍が吐く不老不死の水は東大寺に捧げられる。

とにかく若狭小浜は龍の住処なのでしょう。


何か的が外れましたが(笑)

本当は若狭の豊かな正月行事をご紹介したかったのです。

20日過ぎまで若狭歴史博物館で

企画展示「若狭のお正月」開催中です。

wakasanooshogatsu.jpg

若狭坊はまだ観覧できていませんが・・・

ご覧くださいませ。

ここ数年、小浜の正月行事の調査に奔走していた若狭坊ですが
今年は、調査も酒もなしの穏やかな正月です(^^ゞ




プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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