どっこいしょ


体重が減って、かなり動きが身軽になった若狭坊です。

いま山に登ったら、かなり早いんちがうかな?
いや・・・まだ体力自体は戻ってないか?

でも、まちづくりへの動きは病気前よりスピード落ちてるかな。
だめだな。
いろいろがんばらないと。

お彼岸といえば飯盛寺さんの採灯護摩と火渡りで。
若州修験道さんが務められるので一度行きたいと思いながら
今年も足が浮きませんでした。
アクティブに行かないとあかん。

ともかく山の季節となってきました。

さて、アクティブ感が徐々に薄れ、
年を重ね、いろいろ声がでるようになってきました。
「よっこらしょ」とか「どっこいしょ」とか(笑)
おっさんです・・・

「どっこいしょ」といえば
民俗学者の柳田國男先生は「何処へ」が語源ではないかと言われています。
個人的にはこの説が説得力あると思うのですが、

ヘブライ語に語源が・・・みたな説もあります。
伝統行事や民俗に係る言葉にヘブライとの共通点が多いのです。
おもしろい説です。

もうひとつ。
「どっこいしょ」といえば・・・

FB_IMG_1458685656641.jpg

「六根清浄(ろっこんしょうじょう)」の訛りではというものです。

大峯修行では今でも「懺悔懺悔六根清浄」が当たり前ですが、
富士山もそうであったように全国の霊山で唱えられていました。

山に腰を下ろし、荷をかつぎ、「どっこいしょ」
なるほど☆と思います。

六根とは「眼耳鼻舌身意」で、山修行の中でこれを清浄することが
悟りへの近道となります。

里で見る・聞く・心に思うこれらはすべて幻であり、
それらの執着から離れ、山で自然と一体となり「無」にすることが修験道。

止観や座禅なども方法は違えども、目的は同じものです。


般若心経にも
「無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法」とあるように
この世のものすべては「空」で夢まぼろし。
執着せずに、悟れば新たなものが見える。

いろいろな人とつながり、いろいろな意見を聞くと
いやな思いをしたり、批判したりすることが多くなってきます。

抑えて・抑えて。
一歩外からみて「いろいろな考えがあるもんだ」と思いましょう。
そして、すべてが「空」であるならば、
批判じゃなくて認めることからはじめましょう。
自分の六根六境も「空」で、正しいことなんてないから。

里の行に苦しんでいます。

早く山ですべてを洗い流さないといけません。

最初の春山行はどこにしようか・・・
今年の大峯まで3ヶ月強です。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
地域情報
466位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
中部地方
75位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR