「鬼も内」の由来と修験


さあ節分です。

朝少し歩き足りなかったので、仕事終わりに旭座を眺め

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節分ということで八幡さんに南無南無お詣りにいきました。

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多くのお詣りの方と夜店でにぎやかでしたよ☆

住吉おどりの縁起物もゲットし神棚に祀りました。

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さて、いままで「鬼も内」の話を何回か書き込みしてきました。
修験の世界では今でも「鬼も内」といい、
市内の府中では古くは「鬼も内」といっていたとか・・・

さて、「鬼は外」・・・は、我が国の修験道の受け入れも関連するという
実は古い信仰に由来するという説もあります。
古事記、日本書紀の世界で、歴史学として確立した説とはなっていませんが。

倭(ヤマト)の誕生の生々しい部分の第一は神武天皇の東征です。
九州で挙兵した大王は、大和への入国を目指し、
何度かの失敗の後、大和へ入国します。
ここで出雲の伝承なども複雑に関連してきますが今日は省きましょう。

大和入りした大王は、世襲制により日本の統治を始めます。
追いやられた人々は各地で反抗しますが次々に制圧されます。
古くは日本武尊の熊襲や東国制圧であり、
ちょっと新しいものでは坂上田村麻呂の蝦夷征伐になります。

さて、この東征の過程は、いわば日本文化の変革の時期を象徴しています。
争いを嫌い、自然を恐れ尊び、協調・理解と寛容の心をもって生活していた人々を、
生活の革命となった水田耕作をする人々が土地と水を求めて制圧していくというもの。

実は、吉野の民が協力しているように、最後は争いを避けて神武東征は完了するのですが、
このときの申し合わせでは、いつか土地を返してほしい!
領地の確保を確約してほしい!というのが条件だったとか・・・

大王政権は、「炒り豆から芽が出たときに政権交代しましょう!」と約束したとか・・・
そして、もともとの人々は山、杜の奥においやられ「鬼」といわれるようになった。

今の節分行事は、鬼たちに豆をぶつけ、
「芽は出ていない。お前たちの出番はまだだ」
という、年の節目におこなう制圧統治の確認行事。
福は内の「福」は東征した人々のことで、鬼は外で「鬼の人種」を追い出しているのだ。

そして、わずかな鬼の一族だけが和合を願い、「鬼も内」という。
「福は外」とはいわない。
福は外というところは、かなりの抵抗勢力だったさらなる少数派かもしれない。


九州から大和へ入るとき、神武大王の失敗を助け、それでも追いやられた吉野の民。
役行者は前鬼・後鬼を使徒として吉野で国家のための修行を行うが、鬼を恐れた大王に流罪とされ。
壬申の乱で大海人皇子(後の天武天皇)は、鬼の血筋を受け、鬼の助けを受けて吉野から出陣し、政権を奪い。
鬼の血を引く行基などの優婆塞や渡来僧の良弁や実忠により東大寺が造られ、
その教えは空海、最澄に引き継がれ平安密教が大成する。
平安時代、鬼の政権が終わりを告げるころ、源義経は頼朝の怒りに触れて吉野へ逃れ、鬼の地で再起を計画し。
再び、鬼の政権を目指した後醍醐天皇は、京を逃れ吉野南朝で再起を計画。

東征の人々によって創り上げられた国であるヤマト。
しかしながら、混血の過程で、鬼の心をもった政権があった奈良・平安時代。
それが忘れられていく鎌倉時代以降。
根本を忘れてはいけないと「自然と共存、異質なものへの理解」
を中世以後に強力に説き始める鬼の修験道。

日本の根幹を忘れかけたとき、政権への蜂起が修験の聖地から起こる。

鬼の修験の力を恐れた江戸幕府は、本山派・当山派という位置づけで一宗教化し、
クーデターで成立した明治政府は、修験道廃止令により、
忘れられつつあるが脅威でもある鬼を抑え込もうとした。

それは失敗に終わったが、鬼の存在と和合の精神は
欧米文化の受容により忘れられつつある。

民主主義の新たな蜂起は鬼の精神を持たなければならず、
それが最も日本(ヤマト)という国らしさが見えるもの。

修験道・山伏というと、今やアヤシゲな宗教と思われますが、
日本古来の自然崇拝と和合の精神をもった日本らしい道徳観を、
先進的であった外来仏教や道教と融合したもので、
かつ宗教というよりは、
日本人の政治や教育の定義であったという生活と密着したもの。

史実として確立された学問上の説ではないにしろ、
隠されてきた歴史を見ようとすると宗教の力が非常に大きいのが日本。

その中でも修験道は歴史のキーを握っている。

子どもの前では、「鬼は外」といいながらも
「鬼も内」とひそかに遠く大峯を遥拝した若狭坊でした。


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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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