初めて象が来て「かきまつり」


小浜は初めて象が来たまちだ!と若干売り出している。

184象が上陸した地

伝承を除き、確実な史料にもとづけば、小浜の事例が最も古いから。

でも、本当のところはどうかはわからない(笑)
史料に残らなければ歴史には刻まれないから。

象をつないだ伝承のある内外海地区の主催で

FB_IMG_1454357362926.jpg

「象の駅 かきまつり」開催されます。

知ったメンバーだらけのイベントであるのがプログラムを見るだけで解りますが(笑)
地元の人が地元の遺産や特産品を活かそうとしたすばらしい手作りイベントです。

さて、小浜に象が来たのは応永15年(1408)と小浜の史料には記述されている。
南蛮からの船で、象の他にクジャクやオウムなど珍しい動物が満載。
日本国王である足利義満への献上品である。

京都に象が到着した記述も他の文献にあるので間違いない。
鯖街道を通って、小浜から京都まで
めずらしい動物の行列があったことになる。

これらの動物を載せた大船からの荷あげは、当時港として大成していた
西津大湊または、小浜突抜町から津田入江あたりだと思われる。

でも、このあたりより古いと考えられる内外海の古津に「象つなぎ岩」の伝承がある。

なぜか?
古津に大きな拠点があった時代。
応永年間よりもっと遡る時期に象が小浜に来ていたかもしれない。
古くから大陸に開かれた交流都市だったから。

いや、文献にある応永年間。
巨大な港町として発展を始める西津や小浜に荷あげされた象。
をいつまでも置いておくことができずに、京都へ運ぶまでの期間、
郊外に繋いでお世話していたのかもしれない。
見たこともない奇妙な動物を、いつまでも住宅地に置くことはできない(笑)

いやいや、この応永年間以後。
戦国時代までに象がきて、象繋ぎ岩に繋がれていたことがあったのかもしれない。
その珍しさから再び求められれば、若狭小浜を起点に京都へ運ばれるはずだ。
瀬戸内の水運は不安定な時代だから。
そして若狭小浜は全国を代表する国際的な港町となっていたから。

史実としての「象が来た」と、
伝承の「象をつないだ」。

繋ぎ合わせるだけで、いろいろな想定ができる。
この色々を、徐々に少なくし、1本にするのが歴史の面白さ。

イベントに歴史上の難しいことは何もいらないが、
そのロマンを活かした「まちづくり」を進めてほしい。

ちなみに、小浜から京都に送られた象は・・・
3年後に李朝朝鮮の太宗に足利将軍から大蔵経一揃献上の礼品として贈られた。
朝鮮においても初めての象だったらしい(『李朝実録』)。

いにしえの壮大な象の旅のお話でした。


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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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