龍の正月

申年なのに何で龍やねん! 
は、ご勘弁いただき(笑)

今日は、若狭の正月行事の一つである六日講が行われる日です。

muikakou.jpg

村の入り口に藁で作った「ジャ」と呼ばれる龍を結び、一年の厄除や豊作を願うものです。
勧請札をかけるので、若狭では勧請綱といいます。

みなさまの家の神棚、地域の神社のしめ縄を掛け替えるのと似たようなもの…かな?
いや…もっと深いものかもしれません。

米を実らせる藁で綱を結い、年神を迎える。
ここに違いはないです。

正月に龍って、日本にはあまりイメージがないかもしれませんが、中国の正月と言えば龍。

龍は水を司るものとして、一年の農耕予祝には欠かせないものなのです。
農耕地域の正月行事には「龍」なのです。

この勧請綱ですが、日本では小浜から西の若狭湾岸から、近江湖東、伊賀、伊勢、大和に集中して残っています。

大陸から、海と都をつなぐ若狭、そして都のあった大和まで。
地図上に、大陸からの文化の流れを示すようにドットすると龍のようにみえます。


そして、お水送りにあるように、若狭から琵琶湖・京都を経て奈良にいたる龍のような道筋には、若狭の水が湧く伝承。

若狭は水を司る龍の住処なのでしょうか。

風水の世界では、良い気の流れがある場所を龍脈というそうですが。
これら、若狭から奈良までの道筋は龍脈なのでしょうか?

さて、いわゆる「お水取り」は、東大寺二月堂修二会において、ご本尊にお供えする閼伽水(AQUA)を若狭井から汲み取ることが注目された正月行事。

この水が若狭の鵜の瀬に注がれる行事が「お水送り」と呼ばれる小浜の行事です。

お水

このお水送りに関連する若狭一宮根本神宮寺は、長尾山(多田ヶ岳)という長い尾をもつ「龍」を御神体として祀ります。
山脈一帯が「龍体」のようで、北東の若狭神宮寺周辺の地域は龍前、逆の南西の地域には尾崎という地名を残します。

そして脈が湧く龍穴が、白石神社・鵜の瀬という水を流す穴なのでしょうか?
神宮寺にある水が湧きだす閼伽井戸なのでしょうか?

ちなみに東大寺二月堂修ニ会(お水取り)を始めた実忠は、渡来僧で一時期若狭神宮寺にいた伝承があるが、
実忠がこの行を開始した経緯として、東大寺東方の笠置山の「龍穴」に入ったところ、菩薩が毎晩補陀落山に
登って観音を礼拝している姿を観、これを体現したものと伝える。

お水の由緒については有名で、修ニ会に際し、全国の神を招集したところ、若狭の遠敷明神が遅れて到着。
しかし、この行法に感嘆し、若狭の水を奉献するということが『東大寺要録』に記されている。
二月堂左奥には遠敷神社があり、堂下には本尊の水を汲む閼伽井「若狭井」がある。

古くから御食国として、奈良に食を供給していたのが若狭。
食は不老不死につながり、その根底には水がある。
龍の水が豊かな食を生み、龍が吐く不老不死の水は東大寺に捧げられる。

とにかく若狭小浜は龍の住処なのでしょう。


何か的が外れましたが(笑)

本当は若狭の豊かな正月行事をご紹介したかったのです。

20日過ぎまで若狭歴史博物館で

企画展示「若狭のお正月」開催中です。

wakasanooshogatsu.jpg

若狭坊はまだ観覧できていませんが・・・

ご覧くださいませ。

ここ数年、小浜の正月行事の調査に奔走していた若狭坊ですが
今年は、調査も酒もなしの穏やかな正月です(^^ゞ




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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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