和多田の六斎念仏

若狭は六斎念仏が密集している地域です。

20年ほど前は30か所以上で行われていましたが
今は20数か所なんだと思う。

なぜか?

やはり少子高齢化、人口減で継承されていない。

派手な踊り念仏は注目されやすいし、伝承するためには
寄りあう機会も増えるからいいものの

大多数の鉦と太鼓で、舞わないものはどうしても簡素化でなくなりつつある。

「念仏をあげる」

実は舞う以上に根本なのですが・・・



さて・・・

数年前から、若狭坊が住むお隣の中名田地区、和多田区の六斎念仏が復活している。

非常に芸能的色彩が強く、その伝承の難しさから一時中断していた。

しかし、若狭を代表する六斎念仏で、

実は、市内の奈胡や窪谷より先に指定されていた六斎念仏なのです。

和多田の六斎念仏
 昭和41年 小浜市指定文化財  昭和60年 継承不能による指定解除

奈胡の六斎念仏
 平成12年 福井県指定文化財

奥窪谷の六斎念仏
 平成14年 小浜市指定  平成16年 福井県指定

和多田の復活!
保存継承の仕組みが整えば、すぐにでも指定でしょう。


ここの六斎念仏の特徴は、

かなり洗練された「舞」。

DSC_0442.jpg

それと「神楽笛」でしょう。

DSC_0443.jpg
  (写真は/中名田ブログ係 田村の子さんより借用)

奥窪谷の六斎もそうですが、花笠をかぶるあたりも演じ者として大成しています。

同じ谷(南川流域)の文化ですね。


今日はいにしえの中名田・口名田の交流に思いをはせて

奥窪谷の六斎念仏「十七夜」を観にいきます。

ちなみに和多田区も22日に地蔵堂で行われます。

このあたりも、窪谷と同じですね。
地区の信仰のよりどころである
密教堂・盆おどりとも融合ししています。

ただ、本当にシンプルな踊りを伴わない六斎が
実際今もどれくらい市内に伝承されているのか?

踊り念仏が注目されがちですが、
地域に密着した小さな行事も調査研究が必要です。

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PRありがとう。
踊る時間は短縮されましたが舞は難し~い。
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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