お清めの塩


先週の今頃は峰の中だったんだなぁ~。

早いのか遅いのか・・・
山の中にいるときは、なんで今年も来たのだろう?
早く終わればいいのに・・・と思いながら歩いているのに。

もう、早く来年にならないか?と思ってしまったりしている(笑)

思うところはこれまでの過去ログにたくさん書いていますが
謎の魅力ですね。

ちなみに山で元気になるのは塩を舐めるのが一番☆
塩辛い梅干しを持参される方もいれば
お弁当のおにぎりにたっぷりの塩こんぶを乗せる方も。
最近は、夏場に「塩飴」がよく売り出されます。


さて、山から帰りすぐに・・・

大切な先輩であり、兄貴であり、友人であり、
いろいろ若い時から可愛がってもらっていた方を失った。

二人で・・・っていうのは中々なかったけど
共通の友人が多く、3人以上でいつも飲んで騒いでいた。
毎週一緒だったこともあるな☆

共通の趣味も多く、登山ネタ、自転車ネタ、サウナネタで盛り上がった。

死はあっけないもの・・・
山に行く前、もっと話すればよかった。


ともかく
お送りすることができました。


さて・・・

いつの頃からか会葬礼状に「お清めの塩」が
つくようになった。
葬儀社の全国展開により広まったのだろうが・・・

これは、神道の穢れと一緒にしているものといわれる。

たしかに死を恐れた古代には「死」を生活と切り離す
穢れとしたこともあり、この流れを民俗的に脈々と
つなげる地域もある。

一方「ケガレ」は「気枯れ」であり不浄ではないという考えもある。

若狭坊も死は不浄とは思っていない。
いまや不幸や病をもたらすものでもない。

人生の通過点であり、残ったものは故人を偲び受け止めるもの。

悪でも、不浄でもなく
清めの必要はない。

実は仏教的側面からみると当たり前のものである。

ほどんどが葬式仏教なのに、何で清めの塩が付くのだ??
口には出さないが、故人を送りだしたとき
数人が一生懸命塩をふる光景を見て滑稽に思った。

もちろん信仰は自由だから、別にいいのですが・・・


近年、清めの塩をなくすことが全国に広まりつつある。
特に浄土真宗の取り組みが早いという。

死に対するお清めの塩が日本文化として根付いていくのか?
仏教界から佛教理念を中心に無くされていくのか?

まあ、どちらもありでしょう。
気持ちをもって送り出せればいいだけなので。

ただ塩の重要性は日本文化の中で大切なもの。
そして、いまや死は穢れではないこと。

若狭坊は、いつも思っています。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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