蓮華会と蛙飛び


さて、私たち若峰講が毎年出仕する「金峯山寺の蓮華会」についてご紹介します。

奈良県吉野山の「金峯山寺の蓮華会」は、毎年7月7日早朝に、
大和高田市の「奥田の蓮池の蓮取り行事」に始まります。
古くは6月9日に行われていたようです。
この奥田の蓮池は、開祖役行者の産湯に使われたといわれています。

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子どもたちが小さい時から七夕には不在にしている若狭坊です((+_+))
小さいとき子どもの短冊の願い事に、「パパがお山から無事帰ります
ように」と書いてあったことが、嬉しく、懐かしく思い出されます。

この蓮の花を、吉野山一山の僧侶が蓮を迎え、金峯山寺蔵王堂に
その蓮を供え蓮華会を執り行ないます。
この行事に際し、若峰講員は蓮華を供えた蓮華宝輿と蓮華桶を
担い入堂します。

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翌日には、8日に大峯奥駈道の沿いにある「靡」と呼ばれる拝所に
蓮を供えながら、全国の修験者や体験参加者とともに山上ヶ岳・
大峯山寺まで蓮を運びます。

7日、行列を組み上堂し、蔵王権現さまに蓮を献花、法会の後、
蛙を人間に変える修法「蛙飛び」の儀式が堂前で行われます。

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蛙とび行事は、『昔、金峯山へ登っていた男が修験の法を侮辱
したところ、大鷲にさらわれて断崖絶壁上に置き去りとされて
身動きがとれなくなったのを、通りがかりの修験者が男を蛙の
姿に変えて救出し、蔵王権現さまの法力によってもとの姿に戻
した』という伝説を行事にしたもので、日本三大奇祭にも例えら
れる珍しい行事です。

この行事は、室町時代の記録『当山年中行事条々』(竹林院所蔵)
の6月の項に「同(六月)九日、禅衆ノ役ニテ、蓮華ノ迎ニ下向。
往古ハ奥田ニテ延年在之、近年者丈六堂マテ下向シ、蓮華ヲ蔵
王堂奉入、其夜験競アリ、番張等堂家方役」の記事があります。

江戸時代の、正徳3年(1713)成立の『滑稽雑談』や文化12(1815)
年頃からまとめられた『大和國高取領風俗問状答』にも奥田から
蓮を運び、蔵王堂に供え、その後「蛙とび」の行法のあった記録が
残っている伝統行事です。
明治時代の神仏分離令や修験道廃止令により若干の中断は
あったようですが、室町時代から今日までほぼ連綿と続けられて
いる行事です。

大峯奥駈道の道沿いの拝所に蓮を供える行為は、山の神に花を
供える古風な山への信仰形態が認められます。
また、蛙が山伏達の験力でめでたく元の人間の姿にかえるという
「蛙飛び」は、修験者の護法の験競べです。祭の日に地域住民を
寺内に招き入れ演劇的要素で楽しく、そして修験者の力を知らし
めるという行事かもしれません。
「蓮華会」は古式にのっとり、「蛙飛び」は演芸的要素が強い。
若狭坊が住む奥窪谷の六斎念仏もそうですが、伝統的信仰要素
に楽しむ要素を組み込んでいくというのが民俗行事の発展形じゃ
ないかな?と思っています。でも突拍子もないことをしているので
はなく、しっかりとした伝承を背景に実施しています。まったく意
味がないわけではないですから。

それに、吉野では蛙が地霊を示す動物とされ、蓮華会が行われ
る日に吉野山では各家々で「柿の葉寿司」を作り食されていたと
いいます。
季節、旬の変わり目を大切にする日本人の心が、この行事には
あります。

よく、大峯詣りに行く!というと、洞川から2~3時間かけて山上
詣りするという一般的な講の集団参詣や代詣を考えがちですが、
蓮華会への参加は別物。

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普通には体験できない大峯一山を舞台とした壮大な歴史的行事への出仕です。

だから…世俗では体験できないものがあります。

参加表明、待っています!!
 
若狭以外の方。
8日の入峰は一般参加を本山で受け付けています。
そちらで。
7日の法会と蛙飛びは翌日の入峰に思いを馳せて見学してくださいませ。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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