日本遺産「御食国若狭と鯖街道」Vol.3


さて、ちょっと空きましたが
2番目のカテゴリーのご紹介です。


鯖街道の起点 
    ―湊町・小浜の賑わい―

鯖街道は若狭から京都へ向けてのルートですが、
元来、若狭国中心地で、中心的な港と市場があったのは若狭小浜。

この小浜には、鯖街道を媒介としたさまざまな遺産があります。

海外や日本海側との「海の道」の結節点。
都とつながる「陸の道」の結節点です。

いつの時代も往来により新しい文化を取り入れ、日本の先進地でした。

海外との交易、日本海沿岸交易、都の文化。
日本の歴史を時代ごとに面白いストーリーで表現できます。

たとえば、文献上、我が国に初めて像がきた港としても知られます。
でもこれは面白ストーリーであって・・・

実は室町時代のこの舶来品満載の海外大船が難破するのですが
わずか1年で新造される。
このような大船を造るドックがあるような日本を代表する湊町だったりする。

まあ、海に囲まれた日本ならではの国際都市だったのです。

室町時代の早くに、6月祭として祇園祭礼のようなものが
行われているような都市だったりする。
その名残を示す祭礼が今も数多く伝世している。

giion.jpg

羽賀寺は奥州日本将軍の安倍氏と深いかかわりがあったりする。
日本海交易が生んだ交流です。

haga.jpg

戦国期には「泉州堺か若州小浜か」と例えられるような大都市となり
江戸時代以降も、その都市としての機能を守り伝え
今も湊町風情を残す町並みをつたえる。

machi.jpg

そのような都市だからこそ、豪商が伝えた「組屋盆」から若狭塗が派生したり

nuri.jpg

京都壬生寺の壬生狂言が残っていたりする。

mibu.jpg

街道は交流の場。

その接点にある若狭小浜の文化財は、
すべて交流を切り口にストーリーが組み立てられます。

若狭の社寺群なんかも、まさに交流が生みだした遺産です。

この交流を柱に、「新たな交流の場」として
日本遺産の名のもと、若狭小浜は国際都市として再出発します。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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