若狭おばまの節分


今日は雑節の一つ

節分☆

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昔はどうしても誤差をうむ暦(太陰暦)よりも、
日本人は四季を大切にし「節句」「節季」を目安としてて生活を行ってきました。

春を迎える節目の節分。

いわば年初めの行事ですね♪

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さて・・・

今年は伝統的な節分の調査記録保存をしようと思ったのですが

四苦八苦(笑)

伝統的な節分は壊滅的な状況です。

まあ、豆まきと恵方巻だけになっちゃいました。

若狭坊の子どもの頃には、まだイワシの頭とガヤを玄関に飾ってたけど。
市内はほぼ死滅状態。

文書や古い民俗調査をひも解いていると、年初めの農耕安全や豊作を
願う行事も多いのですが、ほぼゼロ(-.-)

農耕が生活から遠い存在になりつつあるんだろうな。

でも・・・もがいてもがいて
調べて調べて
ご無理をお願いして・・・

旧小浜町部と村部の2か所を記録保存しました。


ー 旧小浜町界隈 ー

豆まきはあまりせず。
神棚に大豆と小判菓子をお供えし。

それを下して半紙に括り、
カラダの悪いところ、良くなりたいところをナデナデ。
それを後ろにポイッとして厄を払います。

その後、厄のついた包紙豆は、氏神さまに納めにいくこととなります。

そして年越しの節分そばを食べるという風習です。

DSC_3312.jpg

昔は、氏神にお供えじゃなく、町の辻にまいたともいいます。
氏子制度が始まる前の、コミュニティ外への厄祓いでしょうか?
ちなみに、その豆を拾うと子宝にめぐまれるという伝えがあったようです。

また、今や市内全域に広まっていますが、めずらしい食が小判菓子。

DSC_3298.jpg

商売繁盛の願いでしょうね☆

昔は半紙にそばで「金」の字を書いたりしたそうです。

新しい年を迎えるにあたり
町家地域では、厄祓い、健康、商売への願いなのです。

永三坊さま☆
ご無理をお願いし申し訳ございませんでした


ー 村部穀倉地帯 ー

ガヤの木葉で豆を炒りながら・・・
「ブトの口、マムシの口、ノミの口・・・みんな焼かれてしまえ!」
とお唱えします。

DSC_3236.jpg

面白いですね。
小浜でも穀倉地帯の北川流域に多くみられる(た)習俗です。

昔は、かまどにガヤをくべながら唱えたといいます。
また、種籾などを水につけて作占いもしてたそうです。

村部では、四季の始まりに、農耕の安全や豊作を願うのです。


市内でもこれだけ違う「節分」

この多様性こそが、地域の神に願う日本人の特徴ともいえます

恵方巻きが当たり前になってしまった節分ですが
八百万神がおわす日本。
願いはさまざま。
地域には地域に見合った願いと行事・食があって当たり前なのです。

右に倣えじゃなくって地域に伝わる願いを大切にしたいですね♪

綿密に調べれば、市内でも一杯違いが見えてくるのでしょう。



ちなみに・・・

ー 小浜市府中 ー


修験の世界では「福は内、鬼も内」です。

本当は奥が深いのですが端的にいうと
開祖「役行者」の使徒は「前鬼・後鬼」ですので。

これを平安時代以降に国府となった「府中」では言っていたというから興味深いところです。

いまはもう残ってない?みたいですが。

中世以後の修験道への信仰からきている端的なものなのか?
国家の政治信仰の受容からきている若狭国の特徴を残しているのか?

多田ヶ岳をズバリ遥拝する国の拠点であった「府中」
興味があるところです。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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