生死とケガレ

今日は多田のお山が赤く染まっていました。

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刻々と表情を変えていきます・・・

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血のような「赤」には生命を感じます。
古来、神社仏閣が赤く化粧されていたことも、ここにあるのでしょう。


さて・・・

日曜日は県内・近隣・日本を代表する民俗学者の皆さまにお集まりいただき

「伝統行事と食」に関するシンポジウムを開催☆

人が少なかった・・・・

前3日間休んでいたので、最後の追い込みのPRが不足したな・・・

反省。


さて、シンポジウム前の打ち合わせで、

若狭坊の祖母逝去の話題から、葬儀社が作る香典返しに付属する
「おきよめの塩」の話になった。

仏教の世界には、基本的に死をケガレとする思想をもつ宗派は少ない。
いつから不浄のものになったのだろう?
という話。

若狭坊が喪中で山に行くことも肯定されるように、死や死に接した人は決してケガレをもっていない。

結論は一部ケガレとする思想を一般的なものにしてしまった葬儀屋のせいだろう・・・ということなのですが。

不思議なものです。
ただ、固定化された神道では、生や死、血をケガレとするものはあります。
そして生活に浸透していたところもあるのは事実。

話は中世からの日本の差別社会にまで遡るのでしょう。


例えば、若狭の産小屋風習。

研究論文をまとめた冊子が出版されました。

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女性の出産や月のものに対する血を不浄として隔離する小屋だといわれます。

でもそうなのだろうか??

この産小屋については古事記や日本書紀などにも記述がある、我が国でも古いものなのですが、ケガレや不浄の論理は後付けのような気がしてならない。

最近では、この産小屋風習についても母性保護論で議論されることも増えてきた。

若狭坊が行く大峯山寺周辺も今では数少なくなった女人禁制の地であるが、
決して女性のケガレを差別しているとは思っていない。

このことは以前にも書いた。

過去のブログ記事 ⇒ 女性を崇める

女性を思いやる気持ち。

産小屋や女人禁制にはある。

もちろん差別的な風習があった歴史には目を瞑ってはいけないが。

身内の「死」に際し、決して不浄なものではないと思い
静かに書き記しておきます。

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テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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