若宮三所明神

梅雨です。
最近はモヤに包まれ多田大明神もご来光も拝めず
消化不良の朝勤行です。

ひとつ
好きな風景を・・・

DSC_0536.jpg

若狭坊の家の近くの鎮守の森です。
杜・山に宿る神仏。
日本らしい光景ですよね☆


田んぼの中にあるので、昔は田中大明神といわれていました。

創建年の伝承は承久2年(1220)です。
京都の石清水八幡宮からの勧請を伝える

若宮八幡神社

通称:桂の宮さん(笑)

さて、なぜ?勧請されたか?

若宮八幡神は陶器の産地によく勧請されます。
京都の若宮八幡は清水焼発祥の地に勧請されています。

写真の神社は・・・
旧末野(須恵野)四名(飛川・五十谷・窪谷・桂木)の産土です。
須恵器の産地の守り神として勧請されたことがわかります。
窪谷村と田縄村には須恵器の遺跡もあります。

歴史を紐解くと面白いですよね。
遺跡から見れば勧請の頃には須恵器の生産は終焉を迎えています。

もっと古い勧請だったかもしれません。

あるいは須恵器に変わる焼き物の窯が近くにあるかも・・・

実は鎌倉時代頃の産地のわからない焼き物が若狭の遺跡の中でたまに出現します。

若狭坊は、この窯が神社の近くにあるような気がしてなりません。
おそらく神社前の緩傾斜の山裾に・・・

それだけで大発見なのですが・・・
調べたいけど暇がない(笑)

このような可能性を探りながら地域おこしをするのもいいですよね。
焼き物の歴史はおそらく連綿と続き江戸時代には若狭瓦の産地となっていきます。

煙たつ里 口名田

いい響きだ!と勝手に思ったりしています。

若狭瓦のだるま窯もようやく守る道ができたので。

焼き物はいいです。
観光・産業につながります。

歴史を背景にした
子どもたちのワークショップにも最適です。

地域に誇りをもつアイテムとして最高だよな~。


さて、山伏的にこの神社をみると・・・

江戸時代まで若狭坊の菩提寺である神社正面の興禅寺が別当をつとめていました。

江戸時代中ごろの棟札をみると

「中央延命地蔵尊・左八幡・右春日」と書かれています。

ナイス神仏習合です(笑)

地蔵尊どこに行かれたかな?
廃仏されてしまったかな??

朝勤行のおまいりは
般若心経から~の
「おんかかかびさんまえいそわか」
「南無八幡大菩薩」
「南無陶器大明神」

煙立つ口名田の繁栄を願って☆

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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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