八十八夜

いやぁ~暑くなってきました。

チャリ通勤しましたが汗が噴き出す。
昼にカツカレーを食べたら汗が噴き出す。

まだまだ新陳代謝いけてるな!


今日は八十八夜☆

日本の雑節のひとつで立春から八十八日目です。
もう立夏も間近☆
夏です♫



さて…

八十八夜といえば茶摘み。

ですね☆

食のまちづくりを進め、和食文化が浸透する小浜。
茶の歴史も興味深いです。

お茶は移入文化。
平安時代の記録にも見えます。
大きく日本文化に息づいていくのは
鎌倉時代に栄西が医薬として中国から持ち帰ったことと通説では言われています。


下根来には

★☆お茶の原木☆★

というのがあります。

海に開かれた若狭小浜ならではの伝承。
古く海外からもたらされ、小浜に根付いているのかもしれません。
下根来では、お茶は「釜炒茶」といわれる古い製法で楽しまれています。

中世には闘茶などで武家などに広まり、
村田珠光⇒武野紹鴎⇒千利休という流れで茶道が大成されていきます。

★☆武野紹鴎☆★

若狭守護武田氏の子息であると家系ではうたっています。
それほど、小浜は茶に近いところだったのです。

この頃から、一服一銭、門前茶屋などが成立していきます。
お参りの多かった若狭の社寺門前にも当然のように根付いていったのでしょう。

戦国時代も末。
国際港湾都市であった小浜には世界を股にかける船持ちの豪商がたくさんいました。
その中の一人。

★☆組屋さん☆★ (代々六郎左衛門)

豊臣家の命を受けて、茶道のルソン壺のあっせん売買をしています。
また、茶道に用いられる漆塗りの盆や茶台が

★☆「組屋盆」「組屋台」☆★

として全国的に有名でした。

小浜豪商が当時の茶道の道具の根幹を握っていたのです。
いま小浜に根付く若狭塗もその流れをくんでいるのでしょう。


中世から江戸時代の初めにかけては、まだまだ物見遊山のハレの飲み物。
茶屋街などはその流れなのですよね☆

わが家でお茶を飲むという風習は江戸時代も中期以降になって定着していきます。
宇治茶が煎茶技法を開発してからです。

そして、

「日常茶飯事」

といわれるほど日本人の和食に入り込んでいきます。

でも、このようにお茶文化が古くから根付いていた小浜では
江戸の初期から庶民が茶を楽しんでいた記録が数多くあります。

また、意外と知られていませんが小浜と敦賀は茶を流通させる一大港となっていました。
近隣国の茶を集積して船により日本海沿岸に流通させています。
それに小浜を中心とした若狭国でもかなり茶が栽培されていたようです。

国際的・全国的港であったからこそ、茶を受け入れ広めてきた小浜。

おいしい水がおいしい茶をうみ、そして茶請の和菓子も発展していく。

ちなみに江戸時代に小浜お茶にあう水とされているのは・・・

○ 滝町の懸水
○ 清水町の清水
○ 妙興寺の雲井滝


いずれも重要伝統的建造物群保存地区

「小浜西組」にある(あった)水☆


古い町並みとお茶とスウィーツ


小浜は茶を売り込むことができる

「日本の茶のふるさと」

でもあるのですよ~。


最高の観光産業コンテンツですよ~。


もちろん食のまちづくりとしても

ユネスコ無形文化遺産
「和食 -日本人の伝統的な食文化-」

の中で、食と茶の風習として文化・健康面でも発信していかなければ。

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テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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