女性を崇める

久々の長文。
山伏論ですので興味のない方はスルーしてくださいね(笑)




昨年末から市内の「山の口」や「山の神」を取材してきた若狭坊です。

いまでもほとんどが女人禁制を守っています。

山そのものが女神であり、嫉妬深い女神に女性を近づけないというのが定説です。
山の神が荒ぶって、風水害や干ばつをもたらさないように。


一方、女人禁制を解いている伝統行事も多くあります。
放生祭なんかもそうだし、若狭坊のいるくぼたんの六斎念仏なんかもそう。
子供不足という大前提に解かれているように思われがちですが、実は歴史の流れからいえば自然な流れ。
これらの行事は、江戸時代以降の封建的長子(男子)優遇から生まれているものだから。
日本の長い年月の中で、神仏に近い女性を改めて認めつつある流れなのだと思います。

日本では古くから女性を神に近い人としていました。
卑弥呼もそうだし、巫女やイタコもそう☆
小浜の祭礼でも1つ物として女性の子どもが神の使いとして重要な位置を占めていることが多いのです。王の舞や手杵祭なんかがそうです。だから日本の伝統では女性を大切に崇めています。



若狭坊は修験者。

女人禁制といえば大峯山の女人結界が有名です。

洞川結界

多くの修験の山、霊山が開かれてきた中、今も女人禁制を守っているのが大峯山系の山上ヶ岳周辺です。
でも、開かれた霊山は、明治の神仏分離の中で信仰に蓋がなされ、信仰が薄れる中で自然に開かれたというのが主な流れでしょう。
もちろん議論されて開かれた山もありますが・・・。
大峯山は、数多くの役講により、いまも大切に連綿と信仰されているからこそ、女人禁制は続いています。

紀伊山地の霊場と参詣道が世界文化遺産となる時、三本山(醍醐寺・聖護院・金峯山寺)でも女性に山を開く議論が起こっていました。
それとほぼ併行して男尊女卑の典型としてジェンダー論者による開山運動が起こりました。
彼(彼女)らは、禁制という現実の中で論を展開し、強引に入山しようとした結果、大峯の神仏を敬う関西役講や洞川の住人たちと亀裂を生み、女人禁制は今も続いて(守られて)います。
修験寺院や信仰者による前向きな議論も閉ざされました。

kinseikanban.jpg


若狭坊は今回のテーマにあるように女性を崇めています。これが日本の伝統ですから。
「神様・仏様・稲尾(バース)様」という言葉がありましたが
若狭坊は「神様・仏様・奥さま」です(^_^;)

大峯山の女人禁制は、外圧により「解かれる」ものではありません。
信仰する者によって真摯に議論されて「解かれる」ものです。

金峯山寺の信者の半数は女性で、わたしたちも吉野に行けば多くの女性山伏に出会います。
若狭坊が所属する若峰講の現在を創りあげられたのも文野大阿闍梨という女性でした。

行者の中で、いままで女性を蔑視する人を見たことはありません。

だから、修験道を守るものから開山論が出てくれば、山はおのずと開かれるのでしょう。


でも、冒頭の山の神の話にもあるように、「女性が山に入ってはいけない」は、女性と自然を奉る日本の伝統でもあるのです。「そこに山があるから自由でしょ」ではないのです。

もっともらしく、神道・仏教の面からの「ケガレ」を問題視して論破する方もいらっしゃいますが、修験の中ではほとんど見受けられません。
もっとも、神仏習合の一時代として、宗教上の「ケガレ」による女性差別はあったでしょうが、修験道の根本にある自然信仰は、女性を敬うものです。

少なくとも、男尊女卑を旗頭にするだけで、自然を崇め・敬い・恐れる心のない人には山には入ってもらいたくない。これは軽蔑ではなく、あえて女神に対して信仰者が言う日本の教訓です。

2000年以上(いやもっとか?)続いてきた日本の心と、江戸時代以降の男尊女卑が混同し歴史解釈を行うと、このような議論が噴出してしまうのでしょう。どうしても水掛け論になってしまいます。


明治以降、数多くの女人禁制の霊山・修験道の山が信仰者ではない男性や女性に開かれてきました。
いろいろな人が山を楽しむことができるというのはとてもいいことです。
自然の中に身を置くことで人は力をいただけます。
登山を愛する人たちは、わたしは日本人らしい修験道の心をもっていると思っています。
でも、山の神仏を恐れない登山者が多いのも事実です。
女人禁制を解くことが良かったかどうかは数百年後に評価されるものだと思います。
恐ろしい山が開かれた結果、山に神仏を恐れる修行信仰心が薄れ、山は荒れ、多くの命も失われてきましたから。

女性が自然を感得できる場所もあり。
男性は深山で自然(神仏)を感得する。

大峯の場合、稲村ヶ岳という山が女性に開かれています。
高野山が女人禁制の時には、室生寺が女人高野として隆盛しました。
現代の電車に見られる女性専用車両のようなものだと思います。

決して女性信仰者に対して山を排除していない。

「山の女神が荒ぶらないように」という伝統は、恐ろしい山に入ってはいけないという女性を敬う心であり、「女性が山に入ってはいけない」という強い縛りではないのも事実です。
それが守られているのが大峯であり、小浜のような日本文化が浸透する小さなコミュニティでは、年末年始の「山の口」という期間で今も守られているのです。


ジェンダー的に端的な歴史や世界的流れを強行的に論じられると身を引きます。
「女人禁制」は言葉でいえば「女性差別」でしょうが、決して「男尊女卑」ではないので。

山を愛し恐れ、そこに神仏を感じるのが日本人。
男女の区別なく、心があれば、山は迎え入れてくれる。

精神的にも体力的にも男女平等が進み、「女性を敬う」という心の必要性がなくなれば、信仰心を根本として、いずれ大峯も開かれることになるかもしれません。

若狭坊は長い歴史の中で、これを否定する気はまったくありません。
男尊女卑論者でもありません(^_^;)
ジェンダーフリー論を否定もしません。
ただ、「女性を敬う」という日本らしい心が無くなるのも悲しく思います。
山が開かれても、男性先達で女性を敬って山修行できればいいなと・・・。
でも、それが修行になるのかどうか?
修験道という文化の妨げにはなるのでしょう。

「男女パーティーのやわらかい山を愛する修行」が出来る山はいくらでもあります。
多くの女性に山の自然(神仏)を感得してもらいたい。


今は「大峯山」を開く時期でないのは間違いないでしょう。

ただ、どの山であっても、神仏が感じられる山が荒れていくのだけは許すことはできません。
だからこそ、山を愛し、恐れ、山の神仏に対する深い信仰を心に刻んでいこうと思っています。

そのような中に、今の大峯女人禁制が「教訓」として生きている意味があると思っています。


ネットで大峯や女人禁制を検索すると、恐ろしいくらいの端的論点がたくさんみえます。
強行登山当初の頃は、炎上しているブログも多くあります(^_^;)

若狭坊はそれらを肯定も否定もするつもりはありません。
ジェンダーフリー論と伝統文化論は真摯に話し合いをしなければいけません。
伝統文化は長い時間の中で常に変化しているものですから。

どうしても書きたくなった・・・
端的論点で申し訳ないですが・・・

今は間違いなく女人禁制を守るべき。と個人的に思っています。
でも、信者として可能性も考えないといけない。
公的な場を信仰だけで往来拒否することのできる法律など日本にはないから。
「信仰」は自由のみだが、「個人の権利」となれば法的重みは格段にある。
「位置づけ」に問題があるなら、「位置づけ」を明確にしないといけない。

そのような中から、日本の信仰というものを切実に見つめ直すことも必要なのです。

炎上しないことを切に願います(笑)
まぁ、旬を過ぎてしまっていますが・・・
あくまでも信仰者・歴史を研究するもの・日本文化に誇りを持つものとしての個人見解なので。

そして、若狭坊は大峯が女性に開かれることを願う一人でもあるのです。

議論を進めていくべきなのでしょう。
若狭坊にはこれ以上の知識はないので、気分を害した方には深謝させていただきます。


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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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すてきです。。。

やっぱり私の尊敬する若狭坊さんです。
すばらしく、何回も読み返しました。
(正確には3回ほど笑)

おっしゃる通り、女性を大切にする心からの「禁制」でしょう。
一部ヒステリックなフェミさんたちからは「禁」の一文字を見て騒ぎ立てるのかもしれませんね。
日本男児のこの心遣いがわからないなんてかわいそうな方々です。

Re: すてきです。。。

木村さん☆
ありがとうございます♪
今の時代…難しい問題です。

ps
尊敬されるほどのオトコではありません(^-^;
嬉しいですが…

はじめまして

歴史が好きで史跡めぐりをしているのですが、
過去には民間人や女性が入れなかった場所で
「現代に生まれてよかったな~」とよく思ったりするものですから、
こちらの記事を興味深く読ませていただきました。

修験道についての知識を全く持っていないので、
若狭坊さんのお考えに反論する材料も、
諸手を挙げて賛成するだけのものも今は持ち合わせていないのですが、
「恐ろしい山に入ってはいけない」という考えがベースになっていると
いうあたりは、「なるほど」と思いました。

私も自分の旅の記事をブログで公開しておりまして、
今のシリーズを終えたら、近々比叡山の旅を書こうと思っています。

叡山も御存じの通り禁制が解かれた山ですので、山歩きをしていて素直に
「幸せだな~」と感じましたが、その一方で若狭坊さんの語るような
大峯山の歴史もある。

こういう考え方もあることを私のブログの読者様にも
知ってもらいたいと思ったので、
こちらの記事のリンクを貼らせて頂いてもいいでしょうか?

もうしばらく先の話になるかと思いますが、できるようであれば
トラックバックもさせて頂きますので・・・

満行の報告も楽しみにしていますね♪

Re: はじめまして

白川りり様

コメントありがとうございます。
ブログとして公にしていることですので、
リンク・トラックバックしていただいて結構です。

ただデリケートな問題ですので炎上が怖いですが(^^ゞ

不愉快な思いをされる方も多くいらっしゃると思いますので。

わたしは大峯はいずれ開かれると思っています。
そして多くの女性の方々に、すばらしい場を体感いただければ
と願っています。

比叡山・富士山・高野山など、多くの山が開かれました。


わたしもこの記事に関しては、これ以上のことを申し上げる知識を
持ち合わせてはいません。当然多くのご批判もあるでしょう。

ですので、ご批判いただいても静観はさせていただくということで
お許しください。

ブログ楽しく拝見させていただきました。
わたしも中世を主体に研究をするはしくれですので。

山城・寺社・登山など共通するものが多くありますね。
今後ともお気づきの点があればご指導ください。

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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