災害と集落

人間はばかなもので、同じ失敗を何度も繰り返す動物。

ただ失敗があったことはすぐには忘れるはずはない。
長い長い年月を経て、徐々に忘れていく。

このサイクルが「歴史」の根本にある。

人間が使う道具は、文化の流入や新たな発見から開発される。

これを融通の利くようにマイナーチェンジさせていくのだが、
必ずどこかで間違ったマイナーチェンジをしてしまい、その
道具の根本の意味がなくなってすたれていく。

衣服、文房具、茶碗など、身近なものをよく考えるとそうい
うものばかりだというのに気づく。

たとえば男性のスーツ。軍服、詰め襟の痕跡を襟や袖に残して
ますよね。でも今や飾り。意味の解っているひともいない。

機能性があったものが退化してファッション化しているのです
が、スーツの歴史はそろそろ限界にきている。

クールビズやらウォームビズやらで。
正装で着るだけの形骸化した服にむかってまっしぐらである。

いま、ほとんどみないようになった日本人の正装「紋付」の
ようにね。

これを何回も繰り返している人間。新たな発見と思われている
ものも、歴史の観点から観察すると全然新しくなかったりする。

たぶん遠くない未来には、紋付袴に似た機能性のある服が日本人
の日常服になっているかもしれない。もちろん形骸化していない
元来の紋付袴のことであるが。

日本人体型が動くのに「袴」て最高のものなんですがね。

最近よく思うのは新興住宅地。
扇状地の先端や河川の氾濫原、弱い山肌の山麓にどんどん作ら
れている。

この住宅地の開発で、事前の発掘調査をするとよくわかる。
わずかな時間栄え、災害で滅んで行った村々が。

地球の気候はゆるやかな温暖と寒冷のリズムを刻んでいるが、
寒冷期の最後に、このような危険地域の開発を進めている。

発掘結果の時代でいうと弥生時代後期と平安時代前期。
そしてわずかな時間で滅んでいる。

いま、江戸時代からの寒冷期の最後を迎え温暖化している日本。

それを忘れて危険な地域に開発を行う人間。
歴史は繰り返すから仕方ないのか。


日本の自然のカミのお告げは、自然と共生することを忘れた
人間への警告なのだろう。
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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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