なんで「鬼も内」?

まもなく節分ですね☆

食文化館の町家は節分のしつらえがされています☆

DSC_0175.jpg

若狭坊の家でも昔はあぶったガヤとイワシを玄関に刺していたなぁ~

いま、どうだろう?
小浜でも大分少なくなってきたのだろうな?

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小浜では、小判菓子を食べる風習があります。

五升升に豆と小判菓子を入れてから、神棚にそなえ・・・

そこから豆まき&豆と小判を食べます。

豆をたべて無病息災。
小判を食べて商売繁盛。

という感じですね。


小浜の古い節分の風習を見ると・・・

おくどさん(かまど)にガヤをくべて、

害虫などを一式言いながらパチパチ燃やしていたといいます。

また、水に大豆や籾などを入れて、浮き沈みで豊凶占いをしていたそう。

年初めの豊作祈願行事です。



節分も変わっていくものです。

恵方巻きも日本食文化になっていくのだろうし・・・



昨年も一昨年も「節分ネタ」で書いていますが・・・

古く、小浜の府中では「鬼も内」と言っていたそう。

「鬼も内」は、鬼を神仏やその使いとする社寺で、全国でもいくつか言われています。

著名なのは奈良の元興寺や吉野蔵王堂、天河神社など。


小浜の府中には、これらに関連する社寺は現在ない。

でも、このあたりの修験系の信仰の名残りかもしれませんよね。

鬼の宿があって、修験をつかさどる家があったということでしょうか?

修験者の若狭坊はとっても興味あります。



いち早く神仏習合を受け入れた若狭小浜。

古代末からの吉野から熊野の修験を受け入れる中で、政権中枢の府中に浸透したのかもしれない。

若狭と吉野の関係を示す一端かもしれない。

いろいろなところに若峰講が吉野の蓮華入峰に出仕する一端が垣間見えます。




もう1つ「鬼は内」で言われるのは古い商家ではないか?ということ。

稀ですが「鬼」=「大荷」として、商売荷を外に流してはダメダメ。

ということで「鬼は内」という事例があるそう。


小判菓子とも繋がりますが、港と商売で生きた小浜に根付いたのかもしれませんね。

表日本の若狭小浜は、奈良や京都の窓口として、今の横浜や神戸みたいな存在だったのですから。


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テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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