壮大な奥駈修行

若狭坊にとって奥駈といえば当然のごとく「大峯奥駈」

本宮から吉野を「順峯」、吉野から本宮を「逆峯」といいます。


小浜と修験道の関わりについては、これまでブログで紹介してきましたが・・・

今日、ふとネット検索で「驚きの事例」があることが判った。
(いや永三坊さんに聞いたことがあったかな?)



とある「講」の奥駈修行なのですが

なんと若狭小浜の海で禊をして

鯖街道を南下して、いにしえの都、京都・奈良を経て

吉野から大峯奥駈道を那智勝浦の青岸渡寺まで

そして太平洋で禊。



古事にのっとってやっているらしい。



古事というのがとっても気になる。


これが本来の奥駈みたいなものであれば

若狭・京都・奈良・吉野・熊野という信仰ラインを考える要素となる。

これらの地域をつなぐ奈良時代からの伝承の多いこと。

お水送り・東大寺創建・比丘尼と不老不死などなど。

若峯講の蓮華入峯を考える大きな要素でもある。

我が国の神仏習合の成立に若狭は大きく関わっている。




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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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