愛宕信仰/松上げ/山伏

ひさびさに修験道ネタを・・・


京都の愛宕神社。

NCM_1354.jpg

火伏せの神として有名です。

「有名なお札」我が家にも貼ってあります。

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この愛宕さん。今では神社・・・ですが、近世までは愛宕権現を祀る神仏習合の場として、多くの修験者を抱えていました。

開基は、修験道開祖の役行者さまと白山を開いた泰澄さまと伝わります。

若狭坊にとっても大切な場の一つです。


愛宕さんから鞍馬・花背・美山・名田庄・小浜と、特徴的な火祭り「松上げ」があります。

愛宕から若狭小浜までの谷筋を「松上げの道」と言われる方がいるほど。

matu.jpg


街道という文化往来筋に残る火祭り。
愛宕さんとの関係が深いのは間違いないでしょう。

愛宕権現は神仏習合で、地蔵菩薩さまと深い関わりがあるのですが、八月二三日~二四日という地蔵の縁日に行われることもこれを示しています。


誰が伝播させたのでしょう?

民間の愛宕講の組織が、この道を往来する中で同じ文化を残したのでしょうか?

それとも、小浜・多田ヶ岳・飯盛山と愛宕を往来していた修験者(山伏)によって伝えられたのでしょうか?

謎の多い行事です。



若狭坊の住む「くぼたん」でも「松上げ」は行われます。


小浜から名田庄においての「松上げ」を調査すると・・・

火伏せとして愛宕にお参りしてから行うものや、

五穀豊穣を願うもの(二百十日にするところもあり)

盆の送り火も関係するもの。


さまざまです。


もともとの火祭りに愛宕信仰が習合したのか?

愛宕信仰がどんどん変化してきているのか?

ここが民俗文化財の面白いところです。



このように、民俗文化財はどんどん変化していきます。


昨年まで文化財保護に携わっていたときに、保護行政のがんじがらめに疑問をもっていました。


人がいる限り、建物も祭りも信仰主体も変わっていく。

当たり前の話。


若狭坊は、現在に生きる山伏として、行事の歴史と根本に+して、「われわれは今何をすべきか?」「地域には何が必要か?」という議論を創出していかなければいけない。



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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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