小浜祇園祭

夏真っ盛りの若狭小浜。

一三日に小浜祇園祭りが始まりました。
広嶺神社の祭礼です。もちろん牛頭天王をお祀りしています。

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明治までは松林寺という神宮寺を併設しており、ここに祀られていた
千手さん・お不動さん・毘沙門さんが重文として羽賀寺・明通寺にお祀りされています。

中世くらいまでは多田と久須夜を両面に遥拝する浮島だったのでしょう。
雲月宮という古い名前も、ときどき見ることができます。



神事の後、三基の神輿が宮出しされます。

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神社の創建や府中の関与を考えれば、小浜で最も古い都市祭礼かもしれません。
西津の六月祭が引き継がれた西津七年祭と同じ系譜でしょう。

現在は、神輿の渡御が中心の祭礼ですが、古くは辻払いの棒振り大太鼓や囃子をともなう山車もありました。これらの囃子が悪霊を祓っていたのですが、明治初年の神仏分離や氏子再編によって小浜放生祭に引き継がれています。

でも、祇園だから…

もちろん鉾が先導しています。

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そして…
若狭坊の本日の注目は…
神饌でした。

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手前に葉が見えるのは「御供(ゴク)」
オコワをマコモの葉で包んでいます。ちまきの一種ですね。
小浜では珍しいです。毒消しにもなるのかな?


ここのもう一つの特徴は神輿前に供えられる「がわら豆」

大豆とわかめとタデの葉を炒ったものです。
神饌および神輿の携行食だったのかな?タデは毒消しの意味かな??

小浜でも他に例をみません。


神輿は、神社から上竹原、府中とお旅します。

府中に神輿が到着すると神事。
元宮のご神体の前には清めの酒樽が置かれていました。

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素朴ですが、清めの酒はあっても、なかなかこういう風習残っていませんね。

そして、鎌鉾取りの神事が行われます。

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この鎌鉾を倒して奪い合い、取れた方は持ち帰って玄関前に魔よけに飾ります。

出し物や神社自体の変化は明治時代以後ありますが、やはり御霊会としての伝統はいたるところに見ることができますよね☆すばらしい祭礼です。

府中を出た神輿は、元きた道を巡航し、今度は大漁旗に飾られた漁船に積まれて西津の下竹原に渡御します。

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一四日は再び下竹原から船にのって広嶺さんにお帰りになります。
また鎌鉾取りの神事もあります。

夏を乗り切るため、悪霊を祓うため、ぜひ祇園さんにおまいりくださいませ。




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テーマ : 神社仏閣
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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