京都愛宕大権現へ

天候もまあまあ

朝七時に家を発ち、松上げの道と呼ばれる周山街道を南下する。

京都愛宕山から若狭小浜への道すがら、松上げという民俗行事が分布する。
おそらく愛宕の火祭り信仰の一端なのだろう。

名田庄(小浜市の口名田・中名田含む)界隈の松上げでも山腹や山頂に勧請された愛宕社にお詣りしてから実施される松上げは多い。しかしながら、五穀豊穣や区内安全のいわれも多く、さまざまな民俗行事が習合している。

若狭坊の住むくぼたんも八月二三日に松上げがある。
のに、愛宕さんお詣りしたことなかったしぃ~(笑)

いざ愛宕山へ。

今日の目的は、新築した家の台所にいただくお札&大峯前行。
愛宕山は八世紀初めに役行者と泰澄両師が神廟を置いたと伝わる☆

若狭坊の前行は・・・

役行者ゆかりの多田ヶ岳。
泰澄大師開山の青葉山。
で・・・愛宕山。
そして来週は役行者・神変大菩薩の大峯ですから、最高の前行の流れです。

ちなみに
平安京の北方鎮護は東は比叡、西は愛宕とよく例えられています。
歴史上諸説ありますが…平安京を守る大切な場所であったのでしょう。
なお、さらに北方で鎮護していたのは若狭です。

愛宕山は京都で朝日が最初にあたる場所なので、古くは朝日峰と言われていたようです。


朝日をあびで九時すぎ清滝着。
いくつか登拝道があるが、悩み悩んで愛宕参詣表道へ。

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趣のある参詣道です。標高差九〇〇m続く階段はつらいですが(^^ゞ

NCM_1348.jpg

至るところに茶屋跡があり、参詣でにぎっわった愛宕山を彷彿させる。

山頂までは、行程が確認できる丁石と地蔵さまを南無南無しながら進んでいく。

NCM_1350.jpg

かわらけ投げの場所で古典落語の「愛宕山」を思い出す。
NHK朝のテレビ小説「ちりとてちん」を思い出し一人にやけながら、京都市街を望んでしばし休憩。

しばらく進むと、元白雲寺の惣門が見えてくる。

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明治の神仏分離まで愛宕山白雲寺は修験の聖地だった。愛宕神社を中心とし、多くの僧坊を抱えた愛宕山だった。
全国への愛宕勧請は、火伏せを願う民衆の心と修験者(愛宕聖・清滝川聖)の力が大きかった。

想いを馳せて南無南無。


そして山頂の愛宕神社にお詣り。

NCM_1354.jpg

お札もゲットしました。



帰りは、もう少し山らしい道をということで、愛宕五坊の一つである月輪寺をまわるコースへ…
素敵な緑のトンネルの自然林の登山道を下ると急にあらわれる月輪寺☆

NCM_1356.jpg

空也上人、法然などにゆかりある寺院。
数多くの重要文化財仏像もある。

なかなか素敵な山寺です。山の寺研究は若狭坊の研究分野でもあるのでしばしウロウロ。
最近、中世史や考古学で山の寺研究はブームです。
でも、信仰の根本や今残る寺院をしっかり踏破せんと研究進みませんよ。
机上の卓論の研究をよく見かけるから。


シメは空也滝☆

NCM_1357.jpg

いい滝です。しばらく諸真言で南無南無(滝には打たれていません(^^ゞ)。

滝壺には役行者さまと前鬼・後鬼も…

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いい前行となりました。
修験の聖地をまた一つお詣りできました。


清滝駐車場九:一五発、愛宕山頂一一:〇〇着、月輪寺経由で一三:一五に清滝帰着。
他にお詣りもせず、風呂にもいかず、健全に周山街道を北上して帰路につきましたとさっ!


そして

我が家にも愛宕のお札がお目見えです!(^^)!

NCM_1361.jpg

小浜ではいまでも愛宕講がある地域が多くあります。いわゆる代参講ですね☆

今でも丁寧なところは年一回、京都愛宕山に代表者がお詣りし、月一回、小浜の後瀬の愛宕さんにお詣りするところがあります。まもなく七月。小浜の愛宕さんの大たいまつ行事も近づいてきました。
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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