若狭修験の系譜

ひさびさの山伏マニアネタ☆


若狭の山伏の系譜については、一度、平成版若峯講縁起で思うところと史実を記述したことがある。


         こちら ⇒ 平成版若峯講縁起

でも、当然謎!?が多い。


若狭小浜修験で気になるのが「杉本院」

でも資料が乏しく、よく解らない。

若狭小浜杉本院については、よく楠家系図を検討する上で用いられる資料に、『若狭小浜杉本院系図』があり、祖先は楠家、永禄六年に若狭小浜に住し、明治まで居住したもよう。

大飯郡の式内社に比定されている静志神社に杉本院委道が関与しており山王宮を静志社としていたが、明治八年には谷奥の蔵王権現社が静志社とされ、翌年に村社格となり現在に至る。


若狭は南朝との関係が深かった土地柄。そしてわが国の神仏の北方の里。
南朝の本拠はいわずと知れた吉野。
楠家の本拠は、役行者が最初に修業した葛城。

何かの関係、なにかの聖地を目指し、これを頼ってやってきたのか??
現在、若狭若峰講が「金峯山寺の蓮華会」に関与するつながりを、この史実が握っているかもしれない。


若狭の社寺では、若狭神宮寺に杉本坊がある。
江戸時代初期には西津武家屋敷に杉本町があったという。


越前でいえば室町期に平泉寺にいた杉本坊栄祐は金峯山でたびたび修業した「無双の験者」「清僧」だったという。

若狭の修験にスパイスを与えている杉本院。

調べなければいけない・・・

でも、資料はないが(@_@。
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テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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