窪谷探索とバーベキュー


すでに10年以上続いている村づくり企画です。

地域の歴史や文化を知り、再発見するウォーキングをして、バーベーキューをするという7月のくぼたんの三世代交流行事。

今年は、古くから文化のつながりがある加斗地区の飯盛寺から窪谷までの文化の道ウォークでした。

ちなみに
この道は、窪谷の勝願寺の別当を務める飯盛寺さんとの行き来の文化の道。

炭焼きやケイ石採掘で近代まで行き来があった道。
子供の行き来もあったみたいだし、小浜に出るより、ここからおおい町の本郷に買い物に行ったりもしたようだ。

でも、今は道らしい道も残っていない。


ので、今回は窪谷からバスで飯盛寺へ。
ここから林道で尾根まで出て。
さらに、尾根道を窪谷に帰るという約3時間のコースに20名弱の参加。

まずは朝から重文の飯盛寺本堂へおまいり。

NCM_0431.jpg

若狭坊の簡単な説明のあと、みんなで南無南無してスタートしました。

尾根上まではきれいな林道をひたすら登り、途中に見え隠れする小浜湾を眺め深呼吸。

NCM_0432.jpg


山上尾根を若干歩き、今度は道なき道の尾根をひたすら下山。

NCM_0434.jpg

そして到着後はみんなで楽しいバーベキューを夕方まで。
ちなみにウォーク参加者は20名ほどでしたがバーベキューになると倍以上の参加者に膨らんでました(笑)

NCM_0435.jpg

今回はおもしろい発見がいくつか…

一つは地名。地名は必ずすばらしい歴史を刻んでいるのですが、高齢のみなさまの会話の中にちらほら出てくるんですよね。
「ガヤ尾」「ガヤ谷」・・・ガヤの巨木があったか?山茅の栽培があったか?対外交流の伽耶か?
「年貢道」・・・・・・・・中世の谷小屋城にいた寺井氏はこの山をはさんだ窪谷側と飯盛側を領有していたから、それに伴う道なんだろうね。
「ひみせん、すみせん」・・・だれも由来は知らないようですが、須弥山とすれば信仰の山ですよね。その地盤は十分にあります。旧家の方は、このあたりから地蔵さんが連れて帰ってと叫んでいたので、これを持ち帰り自宅にまつられています。

二つ目は城跡。
今回の尾根は、谷小屋城に続いている(かなり離れているが)のですが、小さな郭を新発見しました。
小さいながら、壮大な堀切で区画し、郭はL字状の土塁を巡らします。

見張り台のような支城なんでしょうが、造りがしっかりしすぎてるし、周辺にはもっとあるのかもね。

ちなみにくぼたんは、谷小屋城だけが注目されてますが、城ヶ谷やシロツバキなど、城に関する地名もたくさんありますしね。

600年から500年くらい前のくぼたん。
もっとも栄えていたのかもね。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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