小浜市にある八幡さん

二三日は八幡さんのご縁日。
今朝のウォーキングの若宮神社お参りは心をこめて「南無八幡大菩薩」

桂八幡

ちなみに参道右手は舞堂で、若狭の田舎の神社には必ずといっていいほど存在する。
田楽や遠敷の舞々、能、地歌舞伎などが行われていたのかな?五穀豊穣を祈り、感謝して。
今の春祭りなどでは、浦安の舞を行っているところが多いです。

小浜の八幡さんといえば港町・城下町にある小浜八幡宮。

268.jpg

若狭地方最大の秋祭りといわれる「放生祭」が有名です。

272-1.jpg

ちなみに「放生会」は行われていません。祇園祭礼の出し物や近世の出し物が巡航します。境内には放生池もありませんが、前には豊かな小浜湾。復活させてほしいな「放生会」。日本らしい神仏習合行事なのに。


で、由来なんか色々調べると谷田部区に元宮があったような感触です。
「谷田部」↓「八幡辺(やはたべ)」。
小浜の古い大字は古代に起源はあるような感じ。小字は中世のものが多いですが。
ちなみに今も谷田部には若宮八幡宮があり、併設のお堂には県指定、平安末期の大きなお薬師さまがいらっしゃいます。


もともと「小浜」は名前のとおり小さな浜。
浜堤も未発達で、南川北川の両河川がそそぐ不安定な古代には人が生活した痕跡が考古学上ありません。地名自体も鎌倉期に入ってから文献上出てくるものです。

古代の官道は、遠敷にあったであろう若狭国府から、この不安定な地「小浜」を迂回し、谷田部を通って勢坂峠に入ったのでしょう。そして一つの拠点として八幡神社があったのでしょう。南川が作り出すラグーン湊を持ち、国府に次ぐ政治・経済の拠点を形成していたかもしれません。中世になって「小浜」が開かれ、道が浜辺を通る(近道)ようになり、谷田部から小浜へ八幡が勧請されたのです。一部の文献にも見られる伝承です。


小浜のもうひとつの古い八幡さんは、松永八幡宮。ここは謎のベールに包まれています。どこにあったのか??どのような活動をしていたのか??諸説さまざま。史料も少ない。有名なのは日本三大絵巻(伴大納言絵巻、吉備大臣入唐絵巻、彦火火出見尊絵巻)がこの八幡宮にあったということ。それだけでもおもしろいですね。


いずれにしても『続日本紀』なんかを見ても若狭小浜は、日本でもっとも古い部類で八幡神を勧請していると考えられています。国学者で郷土の偉人である伴信友先生の『八幡考』に詳しいです。


東大寺と宇佐八幡、東大寺と遠敷明神・・・八幡神の受け入れ、小浜(日本)の古代の歴史上でも八幡さんと東大寺はキーポイントを握っています。


八幡さんの本地仏は阿弥陀如来さま。
戌年の守護仏も阿弥陀如来さま。
「オン アミリタ テイセイ カラ ウン」
「なむあみだ~ぶ~つ~」
スポンサーサイト

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【小浜市にある八幡さん】

23日は八幡さんのご縁日。今朝のウォーキングの若宮神社お参りは心をこめて「南無八幡大菩薩」ちなみに参道右手は舞堂で、若狭の田舎の神社には必ずといっていいほど存在する。田...

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
地域情報
547位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
中部地方
83位
アクセスランキングを見る>>
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR