中世墓原稿入れました!

ようやく入稿。

若狭管内の南北朝時代以前の石塔を集成しました
マニアなことしてるでしょ(-。-)y-゜゜゜

小浜で有名どころといえば和久里の宝篋印塔!通称「市の塔」です。

市の塔(小)

南北朝争乱期に供養塔として建てられたものですが、江戸時代は市場の守り神と
して広市場(今宮)と八幡小路(男山)にありました。
(八幡小路(男山)× 正解は永三小路(住吉)です)

現在は造塔された元位置に戻され、塔前では7年に1度、国選択無形民俗文化財の
和久里壬生狂言が行われます。

この壬生狂言、もちろん名前の通り京都壬生寺に伝わるものですが、さすが京都
とのつながりの深い若狭小浜!といえる行事ですよね。
壬生寺以外での正式な継承は全国でも唯一。
しかも、壬生寺では廃れてしまった演目も継承されている。
その時だけ制作される掛け小屋がまたいいんですよねェ~!!

042.jpg

次の公演は、来年?いや再来年か??
そうそう。ミニ講演会開催されます。歴史文化を活かしたまちづくりに積極的な
小浜の和菓子屋さんです。興味のある方は是非どうぞ。

日 時 3月18日(日)13:30~
場 所 井上耕養庵茶房
テーマ 「壬生狂言」追跡 ―和久里融通大念佛狂言の世界―
講 師 舞鶴高専教授 村上美登志 先生
会 費 500円(おいしい抹茶と季節の和菓子付きです)
申込み 井上耕養庵まで 0770-52-0199

くわしくは井上耕養庵さんのHPで!いろんな情報があります。
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No title

そんなに歴史のある塔だったなんて知りませんでした。

壬生狂言、小学校の時に指をハチに刺されながら見に行ったことを覚えています。
小学生にはつまらんものでしたが、国の無形民俗文化財になってたんですね!スゴい!

Re: No title

地元に住んでいると当たり前になって宝に気付かないんですよね!
基本は、歴史って子供にはわかりづらいものですが、なんかわかり
やすく、面白可笑しく伝えて、少しでも興味もってもらえるような
コトがしたいと常々思っています(*^_^*)

No title

江戸時代に市の塔があったのは、八幡小路(男山)ではなく永三小路(住吉)だったのでは?。塔の前の灯籠だったか地蔵さんだったかの台石に「永三小路」と刻まれていますよね。それから、塔の写真、普段は前のお厨子が邪魔ですが、壬生狂言の小屋がけ作業をするときに取り外しますので、そのときをねらうと、正面からきれいな写真が撮れますよ。

Re: No title

>ちゃちゃさま

そうですね!永三小路だ(*_*;
八幡門前というイメージだけで八幡小路と思い込んでいた。永三小路文書に塔の縁起残ってますよね。
なんせバカなので、これからも間違いご指摘くださいませ。
塔の祠…昔なかったですよね??本原稿には20年以上前に撮った写真を使いました。若狭坊は壬生狂言のときにオマツリされた塔が大好きです。今も笠に風鐸吊るした跡がありますが、市の塔時代はもっときらびやかだったのかも知れませんね(*^_^*)
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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