近づく入峰

あと2か月ほどで大峰入峯です。

毎年同じようなことしか書けないのですが
数人から今年の情報を!と依頼を受けましたのでアップします。

といっても先達会議も終わっていないのでなにも決定していません(笑)

日だけは決まっています。
毎年、金峯山寺の蓮華会への出仕です。
7月7日に吉野で蓮華会(蛙飛び行事)。
翌8日に山上までの蓮華奉献入峯。
翌9日に奈良近辺の観光地をめぐって小浜に帰ってきます。

今年は金曜日から日曜日の行程になるので多くの方にご参加いただけるといいですね~。

さて、
修行ですから、全国でも著名な修行の山に入っていただき無になる体験はなかなできない。
もう一つ、1300年前の奈良を媒介とした北と南の聖地のロマンもあります。

毎年、7月7日、8日に行われる吉野金峯山寺の蓮華会は、室町時代から現在まで続く伝統ある行事です。

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起源を奈良時代や平安時代まで遡る可能性もあり、奈良県の無形民俗文化財に指定されています。
修験道(山伏)の本山とも言える吉野の蔵王堂から大峯山上までを舞台にした2日間にわたる壮大な行事です。

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山とともに生きてきた日本人を体感できるロマンある行事、修行として全国的にも有名です。

行事を簡単にご紹介します。修験道の高祖、役行者さまが産湯に使われた蓮池の蓮を
蔵王堂および山上(一般に言われる大峰山)に至るまでの各所にお供えする行事です。

行事の中では、日本三大奇祭ともいわれる「蛙とび行事」もあります。
こちらは、神仏の罰を受け、蛙になってしまった罪人を修験者の験力により元の人間に 戻すというものです。

7月7日の吉野山は、蛙御輿が巡航してお祭り一色です。

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その中で、わたしたち若狭の衆(若峯講)は、蓮華宝輿と蓮華桶を蔵王堂にお運びする大役を担います。

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なぜ地方の講が本山でこのような行事の大役を担っているのでしょうか。
それは古くからの若狭と奈良のつながりの一端かもしれません。

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奈良時代、東大寺の創建には行基を筆頭に数多くの優婆塞(山伏などの在家仏教徒)が関わっています。
彼ら優婆塞は、神が住む山を敬い、かつ外来の仏教や道教 (先進的思想や文化)を受け入れた、
いわば伝統と革新を共存させた先駆的な人たちです。

海に開かれた国際都市若狭はその先進地であり、多田寺の勝行は東大寺僧となり、
実忠や良弁という東大寺二月堂に関わった渡来僧たちの痕跡も数多く残しています。

その最大の事跡が「お水送り」と「お水取り」です。
一方、紀伊山地の霊場 も同じく山を尊び外来の文化を受け入れてきた地であり、
東大寺創建の際には、吉野金峯山も東大寺と深く関わっています。

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このような、若狭と奈良、吉野のつながりが連綿と続いてきた一端が、蓮華会による若狭の蓮華御輿の奉献かもしれません。

1300年の歴史と、山に神仏を見た日本人の心を知る上で貴重な体験になると思います。
御輿を背負い月日の重みを、蔵王堂の内陣や奥駈道や行場では、ぜひ神仏が宿る山の自然から、 一年の力をいただいてください。
無になって初夏の山を歩くと心が洗われます。

「男は一度は大峯詣り」と古くから若狭に根付いていた行者講文化。
貴重な祭礼とともに体験することができます。経験豊富な先達衆がご案内いたしますのでお気軽に修行体験をしてください。

お待ちしております。

って、毎年同じようなこと書いてますねぇ~。

これから本番にかけて山や修験ネタが多くなってきます。

徐々に新しい情報もお出しいたします。

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プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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