BMI


BMIってご存じですか?

身長二乗と体重との対比で表す体格指数です。

22のときに高血圧や高脂血症、肝障害などが最も低くなるそう。
25以上になると肥満です。

若狭坊はこの指数は25強という生活を10年以上してきました。

今は、72㎏÷(1.82)2=21.74という完全な体型になりました(笑)
これが健康体なのでしょうが、みんな「ガリガリだ」と言ってきます(^_^;)
ここをチャンスに変えていこう!!!


身長はもちろん変わらず182㎝

5年ほど前は、平均体重87㎏(MAX90㎏)

ここ数年は、ウォーキング効果により
体重80㎏~83㎏、体脂肪率23%前後キープ

入院前は体重80㎏、体脂肪率21%
退院時は体重72kg、体脂肪率18%


そして・・・現在。

体重72㎏、体脂肪率15%

普通に食べられない中、なんとか体重キープ。

そして、筋トレにより着々と肉体改造中です。


ここからは、ジムとかプロテインの世界に入ってくのかな。
どこまでできるか「家トレ」チャレンジだな☆

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子育て四訓


今日は雨で歩けませんでした。
歩けないと朝は暇を持て余してしまいます(^^ゞ


さて、よく言われる子育て四訓です。

乳児はしっかり肌を離すな
幼児は肌を離せ手を離すな
少年は手を離せ目を離すな
青年は目を離せ心を離すな

深いですね。

若狭坊の
上の女の子は、早いもので「目を離す」時期
下の男の子は「手を離す」時期が来ている。

できているのだろうか?
一昔前、自分の子どもの時とくらべても過保護になっている気がする。
早め早めを意識しないと出来ないかもしれない。
少しずつ少しずつ距離をとっていかなければ。

成人し、結婚し、子どもを産んで親になっても
わたしの子として人生を歩んでいることに変わりはない。

子育てに成功したな!なんて結果は一生感じられないだろう。
目先のことで、子育てに成功している親を望んでも意味はない。

生涯「生まれてくれてありがとう」と感じて生きていく。
親としれば本当にそれだけでいい。
子に求めるものでもない。

でも・・・わたしが死ぬ前に
「生んでくれてありがとう」
「親でいてくれてありがとう」

と、ほんの少しでも回想してもらえたらいいよね。
今、それを求めたり
そのために仲良くする必要はないよ。

子どもという前に、それぞれの大切な人格をもつ「人」だから。
認めてあげて、少しずつ少しずつ離していこう。

追伸:子どもとケンカしたわけじゃないです(笑)
    仲良くしすぎだな!という自戒です。

節分お化け


よく晴れた星空と月光のもとの朝ウォーク。
ただ・・・冷気が顔をさします(^^ゞ

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陶器大明神で南無南無です。
雪が積もった明け方の静寂さが感じられません?
ちょっと癒されました。
灯りはセンサー防犯ライト。
賽銭泥棒と間違われています(笑)

さて、まもなく節分です。
昨年は若狭おばまの節分調査に奔走していました。

過去ログ ⇒ 若狭おばまの節分">若狭おばまの節分

小浜でも地域によって、節分の行事内容は違ってきます。

さて、去年友人と話していてふと思い出した。
節分の夜に雪隠でウンチすると鬼にお尻さわられるって・・・
二人とも死んだおばあちゃんに聞いたって。

まあ、何か意味があるのでしょう!!!

鬼はいいものであったり、悪いものであったり。
鬼嫁は悪いものでもあるが、いいものだからこそ夫婦関係が良いとも(笑)

「鬼は外」なんてしたら大変だ!!

修験道の世界と同じで「鬼も内」なんだろうな。

鬼はお化けなのかどうか・・・・
昔話の世界でも、良い鬼と悪い鬼がいますから。

で、京都や大阪では節分お化けの風習がありました。
最近伝承や復活を目指す動きがまちづくりと一体となって動き始めています。

要は、鬼に見つからないように変装・仮装して地域の寺社にお参りするとい行事です。

ハロウィンに夢中になるくらいなら、この伝統を復興させてほしいものです(*^^)v

ちなみに京都祇園でも伝統があり、芸妓さんが節分には芸能人やスポーツ選手に変装するそう。

意味があるものを伝えるのが継承。
それを忘れないようにして、時代にあった祭りやパラダイスに発展させるのもあり。

これが日本人の伝統文化の継承だと思っています。


テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

企画展「根来とお水送り」


今日も肌を刺すような風と
スーパームーンのような大きな月明かりのもと
朝ウォークをしました。

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西日本から最大級寒波ということで大荒れというものの、
若狭小浜は朝からブログ更新している今まで青空快晴です。

さて今週末はお見舞いいただいた方々にお礼のごごあいさつに。

今日はくぼたん青壮年会の総会・新年会を欠席して
子どもたちとご飯を食べにいきました。

1月の酒のない休日にも少しずつ慣れてきています(^_^;)

さあ、今晩から降るのだろうか・・・
明日は、検診で福井市まで行かなければいけないのに・・・

さて、先日からお水送りについて書き込みしていたので企画展ご案内。

若狭歴史博物館のお水送りにあわせた企画展です。

若狭歴史博物館WEB ⇒ 「根来とお水送り」

例年の展示ですが、今年は日本遺産認定を記念し、
針畑越え沿線の歴史や伝説にも迫っているようです。

ぜひご覧ください。

白石鵜の瀬大明神おまいり

いよいよ冬将軍??
天気予報にドキドキさせられながら今日も晴天だった若狭おばまです。

明日の朝は、積雪でウォーキング中止だろうか??
たぶん里にはたいして積もらないんだろうな。

さて、今日は仕事の関係で午前中にAPECさまと打ち合わせをし、
午後はそのいきおいで上根来へ上がってきました。

鯖街道根来坂の拠点の山村集落にも本格的な雪はまだです。
今晩から積もり、雪室ができることを願っています。

さて帰りに白石鵜の瀬大明神にお参りしてきました。

まずは白石神社でツバキの社叢に囲まれ南無南無。

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次に小浜ゆかりの行者尊を南無南無。
おんぎゃくぎゃくえんのううばしょくあらんぎゃそわか

DSC_1769.jpg

いつお詣りしても、淋しそうでなんとかしたいのです。

そして鵜の瀬で若狭比古神、遠敷明神を南無南無です。

DSC_1760.jpg

ちょっと早いけど若狭神宮寺修ニ会「お水送り」の前行となりました。

お水送りの別当寺である若狭神宮寺は、全国でも稀な神仏混淆を伝えるお寺。
本堂内陣には若狭比古神本地のお薬師さまを本尊とし、
若狭比売神の本地である十一面観音をお祀りしています。

が・・・
このご本尊向かって右手の内陣に神の領域がありまして・・・
中央に「和加佐(若狭)比古大神」「和加佐(若狭)比売大神」をお祀りしています。

一般の家では仏壇と神棚を並列しますが、寺では異様。
いや・・・していない寺が本当は異様で、若狭神宮寺は普通なのか。

さておき、神様ですが、
一宮の根本神宮寺ですから、中央神はそれでいいのですが、
左右には興味深い神を祀ります。

一つは神体山の神
「那加王比古(長尾)明神」と「志羅山(白山)比女明神」
これは、本堂裏にそびえる神体山・龍の長尾山(多田ヶ岳)と
本堂正面に遥拝する白山(シラヤマ)です。

本堂向拝にいると彼岸にシラヤマから日がのぼってくるといいます。
太陽神を意識した寺でもあります。

もう一つはお水送りにも関連し、若狭比古垂迹地ともいわれる
「白石鵜之瀬明神」と「手向山八幡大神」となります。

どの神様も古代からの信仰と関係するヒントだらけです。

若狭神宮寺は創建時には若狭比古神願寺という名であったことが史料にでます。
若狭比古神が神の苦悩から離脱するために、仏の加護を受けて開いたという若狭神宮寺。
垂迹の絵巻に渡来人の姿で描かれている若狭比古神。

やはり渡来文化の受容を位置付けていると考えるのが妥当なのではないか?
シラを祀り、龍を祀り、不老不死の水を奈良に送る。

神宮寺は本堂前にシラ山を望み
若狭比古垂迹のシラ石神社にはツバキが群生し、
八百比丘尼(シラ比丘尼)の伝承を周囲に残す。

シラ石の地は、東大寺初代別当の良弁和尚の生誕地を伝え、

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二月堂お水取りを実施した実忠は神宮寺に滞在していた伝承がある。

東大寺初期に携わった彼らは渡来僧ではないか言われている。


いろいろなものから、大陸・半島と奈良の繋がりが強くみられ、
そのハブになっているのが、この地である。

在来信仰の多田と融合しながら、
都の北の聖地として、
どんどん社寺が創建され、現在の姿となっていった。

海と都をつなぎ、今につながる日本文化を創出していった土地が小浜の遠敷。

いつもの妄想。
見えない過去を覗こうとしています。

DSC_1762.jpg

若狭小浜の「お水送り」
奈良東大寺二月堂の「お水取り」

日本文化形成期のロマン漂う行事です。

ちなみに、お水送りを行うのは若狭神宮寺とされがちですが、あくまでも別当で。
行事を統括する井太夫様を筆頭に、
今も、白石神社前にお住まいの下根来の神徒衆が実は行事の主役となっています。
日本文化形成に尽力された子孫の方々です。

お水送りのこれまでの記事と似たりよったりの書き込みだな。
いつもいくつかの事例をあげてわかりやすくと思うので同じようになる。

これからはマニアックにそれぞれを掘り下げていこうかな?
マニア専門ブログとして(笑)

それはそれとして・・・

帰りにさらに道草して近代芝居小屋の復元をしている旭座へ。

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現代の音楽や演劇や娯楽とあわせ、
このような小浜のすばらしい伝統や歴史文化も発信できれば
施設の価値は格段にあがるような気がします。


テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

朝の風景です。


今朝は久々のドシャ降りだったので朝ウォークお休みしました。

完全休みは本年初です。
今晩から強い冬型だというからしばらく無理かもね。

朝、刻々と変わる風景が好きです。

闇あける前の多田ヶ岳「その1」

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おなじく「その2」

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なにか気になる木と空のコントラスト

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神社の杜と霧

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気にし始めると、どれも素敵な景色です。

いろいろ五感を訓練していくことも歴史を解明するヒントです。
歴史資料を左脳でひも解くだけでは歴史は見えてきません。

昔のひとは、考えられないくらい右脳と左脳とを融合させながら生活しているようですから。

そして日本人らしい心のない人には歴史は解明できません(^_-)

食生活が気になる小浜の方へ


健康と「元気」を書きこみましたので追加記事です。

1月19日(火)御食国若狭おばま食文化館2Fシアターで
「食生活実践ガイド」講習があります。

食は「元気」の源。
ですが、食の安全が保たれているか?
今、なにが食に求められているのか。

普段、ちょっと食を気にしている方。
まったく気にしていない方。
一度、聞いていただきたい講習です。

ちなみにこれは、一汁三菜。

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最近の若狭坊の三食は、ほとんどコレです。
ギトギトの焼き肉揚げ物も食べたいのですが、まだ体が受け付けません(笑)

講座を受けると、一汁三菜をスタートに、いろんな情報が詰め込まれた
わかりやすいガイド冊子が無料でいただけます。

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そして、講師である中田さんのお話。とっても聞きやすく体に入っていきます。

最終的に「食」を選ぶのは自分です。
「選食力」です。

聞いていただくと、日常の食が気になりはじめます。
そして多かれ少なかれ改善し「元気」につながります。

今なら申し込み特典。
塩分濃度計プレゼントまたは24時間尿検査を受けられます。

長野県が平均寿命日本一になったのは、塩分を控える運動が功を奏したからといいます。
塩分濃度計は自分の食と塩分を知る上でいいプレゼントです。
24時間尿検査は、若狭坊も受けましたがおもしろいですよ。
濃度計は塩分だけを知りますが、塩分他、自分の食生活を認識するためにはおススメ。

お申し込みは、小浜市川崎3-4 御食国若狭おばま食文化館 電話53-1000

ちなみに市内であれば、人数が集まれば出張講座も対応してもらえると思いますよ。

たぶんですけど・・・

日記の大切さ☆

以前、ケガレについて少し書いたことがある。

ケガレは不浄なものではなく
日常「ケ」のパワーが枯れていく「気枯れ(けがれ)」である。

進行していくと、病気になり、死に至る。
がんなどの三大疾病は、ケガレ原因の象徴的なものである。

よく、ケガレ(穢れ・汚れ)は不浄なものといわれるがそうじゃない。
枯れる原因が不浄なものであっても、ケガレ自体が不浄ではないのだ。
と個人的には思っている。

人間は枯れていく「ケ・気」を元に戻そうとする。
元に戻せば「元気」になる。

ケガレの原因となるものは
1. 不規則な生活とストレス
2. 乱れた食生活
3. 他人や神仏から発せられた悪意のある気

これらを避けて「元気」になるという仕組みが、実は祭りなどの伝統行事である。
知らず知らずのうちに生活に組み込まれた伝統的健康法なのである。

四季・暦をもとに不規則な生活を見直し、
祭りで騒ぎ・楽しみストレスを発散し、
旬の幸を神仏と仲間とともに楽しみ英気を養う。

若狭坊はケガレの原因を見失い、病となった。
健康には検証が不可欠。
ブログを見直すと、その原因が見えてくる。

気が充実していると想いが強く、活動も活発なので記事が多い。
年月の記事数をみると、明らかに2014年からブレ始める。

なんせ忙しく、誰かに相談できるような仕事体制でもなくストレスがたまっていたんだろうな。
土日勤務の不規則な体制で、休みも不定期かつ完全にとれず、
ケをもどす地域の集まりにも十分に参加できず、
酒だけが多くなり、食生活自体も乱れていく。
家族との時間などほとんどなく、生活から笑顔が消えていく。

幸か不幸か、登山という山伏らしい趣味を見つけ出し、リフレッシュを心がけたが
忙しくて予定がキャンセルになっていくと、ストレスは倍増していく。

悪循環であったことが、ブログの一つ一つに見ることができる。

若狭坊が元気になるには、これを検証して教訓にしていくこと。
これに尽きる。

だから元気がもらえる地域活動やお祭りごと、まちづくりには参加していこう。
今までとは違い、負担にならないバランスを見つけて。

そこに「酒」がないのが辛いが、酒なしの懇親にも慣れていこう(笑)
今まで通り飲めなくても、そのうち許可もでるだろう。
「百薬の長」程度に留めて・・・

みなさん自分を見つめなおす日記は大切ですよ。

このブログ。
数年後に見つめなおすことができ、楽しい記事ばかりだといいな☆


冬本番!?


ようやく冷え込んできました。

DSC_1754.jpg

朝の澄んだ空気に厳しさが混じります。

多田も飯盛も雪化粧をしています(写真は黒いけど・・・)。
って、1カ月以上季節が遅れているような感じです。

エルニーニョだかなんだか・・・12月は異常な暖かさだったから。

亡くなったおばあちゃんがよく言っていた。
「山が三回白くなってから里にも雪が積もる」って。

子どものときには、11月の終わりが第1回の白山で
12月中旬には最初の積雪があるという感じだった。

天気予報を見ても、いよいよ少しは積もりそう…

まあ、少しは積雪ないと、田の害虫、水不足、色々気になります。
四季があってこその豊かな日本ですから。

市内の鯖街道峠の村「上根来」の雪室の運営も心配だ。

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住民のみなさんや、行政、ボランティアのみんななどいろいろな力が集結しているからこそ、成功してほしい。

さあ、冬本番!?

といいながら、すぐに立春です(笑)

吉野の金峯山寺では「福はうち 鬼もうち」
の節分会・鬼火の祭典が行われます。

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一度行ってみたいものですが今年はバリバリ平日ですね。
節分会・観桜期と花供会など、蓮華会以外にも一度三大行事を訪れてみたいのですが
なかなかです。
行きたいといいながら、自由に行けるような懐もありません。
蓮華会で懐はカスカスです(笑)


でも、今のところは若狭に春を呼ぶ「神宮寺修二会・お水送り」が第一ですね。
そういえば得度の話はどうなったのだろう??

酒のない休日


年明けの1月~2月。

若狭坊の住む地域は、地区行事や各種団体総会などで毎週末酒付きの宴会日となることは、これまでのブログでも書いてきました。

禁酒の週末。
することがなく手持無沙汰となりました(笑)

この休みは自警団初出式でしたが、まだ体調も万全でないので欠席しました。
若狭坊としては、ありえないことですが。

その分、小坊主とゆっくりする時間をつくり、映画に行ってきました。

それ以外は、静養日としてリフレッシュ。

でも、酒飲んでリフレッシュしたい~!!

と、こころの叫びを発する若狭坊なのでした(^_^;)

飲酒解禁までの道のりは、まだまだ長し。
若狭坊に「酒」をしばらく与えないでください。


昨晩は、ちょっとだけノンアルコールビールと焼き鳥をいただき、気分転換できました。

第2期「若杯者」完成します


今年で2年目の若杯者プロジェクト。

20歳を迎える19歳を募集し、
一緒に田植えから稲かり、酒造りまでを体験しようという取り組み。

地域の若者との交流、日本に根付いた日本酒文化の確認、新産業をと
若狭の若者たちで計画運営しています。

若狭坊は一番年配で、何もできていない実行委員ですが(^^ゞ

お正月には火入れ、瓶詰めも終わり、

P1080376.jpg

本日ラベルを貼り込んで、明日に若狭管内の成人式実行委員に贈呈されます。

今年は、ラベルも若狭和紙で体験手作りです。

字は、若狭坊の心の友の「ヒビ兄」の筆になります。
スタンプとなりますが。

FB_IMG_1452229644397.jpg

コシヒカリ純米酒で、少量生産で、手作り。

そりゃ、洗練された日本酒に勝てようはずはありません。

でも、若者の荒々しさを感じて、若いエキスをもらうのにはいいですよ。
若輩者ですみません。
若い杯なのです。
だから「若杯者」。

興味のある方は、お買い求めを。
11日から販売開始です。

FB_IMG_1452419993009.jpg

本年も、小浜のハマセ酒店でご購入いただけます☆♪



江戸時代の地方創生


江戸時代は古くから続いた米経済が最終的に破たんする時代でした。
米が税金の基本だった時代からの変革が明治維新といってもいいかな?

江戸時代も半ばを過ぎていくと・・・
貨幣経済が浸透し、流通の安全が確保され、
石高により搾取される末端農民は都市部へ流れ、
経済活動を目指すようになります。

地方から都市へ。都市から江戸へ。
人は流れ、税収を支える農民は少なくなり、
江戸は世界一の人口を抱える都市となります。

おのずと地方の藩財政はひっ迫し、
もちろん幕府の財政も脅かします。

一方、江戸は人口集中で都市として成熟していきますが、
職や住居のない人も増え、治安も悪くなっていきます。

財政破綻前の地方の藩は、地方創生を試みます。
独自の貨幣制度(藩札)や教育制度(藩校)を運用し、
特産品の開発を奨励します。
自治体として独自の商売も始めます。

幕府は、米を生む地方の人口減に歯止めをかけるため、
江戸の人口飽和を解消し、国の財政を支える地方農村を復興するために、
「帰農令」という法律でUターンを促し、最後は「人返し令」という法律で強制退去を進めます。

なんか…
今の時代を写しているようで苦笑してしまいますね。
国が叫び、地方が振り回されているのが現在の地方創生。
今のままじゃ、ちょっと打開は無理かな?と思う。

江戸時代末、独自の知恵と汗によって地方創生に成功した長州藩と薩摩藩により、
国の新しい時代は開かれました。

現在、地方からの声という観点では「おおさか維新の会」が登場し、
明らかに時代の流れ・歴史上の必然の流れに乗ってはいましたが、
肝心の地方創生を成功させてからではないのが難点で、失速しているのが現状です。

現在、新しい時代を開くときが到来しています。
でも、現在の政治経済の原点にある明治維新の理念では乗り越えられない。

歴史の必然は繰り返しています。
現在の行き詰まりを脱却するヒントは、実は歴史でいうと日本中世史にあるに思います☆
なぜか?は、また時間があるときに。

仕事柄、国と時間におわれ、地方創生というものに振り回されている感じがあるので愚痴ってみました(笑)


「先人に学べ」はよく言われる言葉ですが、
歴史は単なるマニアックな人々の知識の泉を満たす快楽であってはだめで、
政治・経済などの打開に必須な道しるべにならなければいけません。

龍の正月

申年なのに何で龍やねん! 
は、ご勘弁いただき(笑)

今日は、若狭の正月行事の一つである六日講が行われる日です。

muikakou.jpg

村の入り口に藁で作った「ジャ」と呼ばれる龍を結び、一年の厄除や豊作を願うものです。
勧請札をかけるので、若狭では勧請綱といいます。

みなさまの家の神棚、地域の神社のしめ縄を掛け替えるのと似たようなもの…かな?
いや…もっと深いものかもしれません。

米を実らせる藁で綱を結い、年神を迎える。
ここに違いはないです。

正月に龍って、日本にはあまりイメージがないかもしれませんが、中国の正月と言えば龍。

龍は水を司るものとして、一年の農耕予祝には欠かせないものなのです。
農耕地域の正月行事には「龍」なのです。

この勧請綱ですが、日本では小浜から西の若狭湾岸から、近江湖東、伊賀、伊勢、大和に集中して残っています。

大陸から、海と都をつなぐ若狭、そして都のあった大和まで。
地図上に、大陸からの文化の流れを示すようにドットすると龍のようにみえます。


そして、お水送りにあるように、若狭から琵琶湖・京都を経て奈良にいたる龍のような道筋には、若狭の水が湧く伝承。

若狭は水を司る龍の住処なのでしょうか。

風水の世界では、良い気の流れがある場所を龍脈というそうですが。
これら、若狭から奈良までの道筋は龍脈なのでしょうか?

さて、いわゆる「お水取り」は、東大寺二月堂修二会において、ご本尊にお供えする閼伽水(AQUA)を若狭井から汲み取ることが注目された正月行事。

この水が若狭の鵜の瀬に注がれる行事が「お水送り」と呼ばれる小浜の行事です。

お水

このお水送りに関連する若狭一宮根本神宮寺は、長尾山(多田ヶ岳)という長い尾をもつ「龍」を御神体として祀ります。
山脈一帯が「龍体」のようで、北東の若狭神宮寺周辺の地域は龍前、逆の南西の地域には尾崎という地名を残します。

そして脈が湧く龍穴が、白石神社・鵜の瀬という水を流す穴なのでしょうか?
神宮寺にある水が湧きだす閼伽井戸なのでしょうか?

ちなみに東大寺二月堂修ニ会(お水取り)を始めた実忠は、渡来僧で一時期若狭神宮寺にいた伝承があるが、
実忠がこの行を開始した経緯として、東大寺東方の笠置山の「龍穴」に入ったところ、菩薩が毎晩補陀落山に
登って観音を礼拝している姿を観、これを体現したものと伝える。

お水の由緒については有名で、修ニ会に際し、全国の神を招集したところ、若狭の遠敷明神が遅れて到着。
しかし、この行法に感嘆し、若狭の水を奉献するということが『東大寺要録』に記されている。
二月堂左奥には遠敷神社があり、堂下には本尊の水を汲む閼伽井「若狭井」がある。

古くから御食国として、奈良に食を供給していたのが若狭。
食は不老不死につながり、その根底には水がある。
龍の水が豊かな食を生み、龍が吐く不老不死の水は東大寺に捧げられる。

とにかく若狭小浜は龍の住処なのでしょう。


何か的が外れましたが(笑)

本当は若狭の豊かな正月行事をご紹介したかったのです。

20日過ぎまで若狭歴史博物館で

企画展示「若狭のお正月」開催中です。

wakasanooshogatsu.jpg

若狭坊はまだ観覧できていませんが・・・

ご覧くださいませ。

ここ数年、小浜の正月行事の調査に奔走していた若狭坊ですが
今年は、調査も酒もなしの穏やかな正月です(^^ゞ




今年のスタートによせて


みなさま、すこやかに暖かき新春をお迎えのことと存じます。
本年もよろしくお願いいたします。

DSC_1743.jpg

さて、本日より職場復帰です。
2か月の休み。なかなか戻りが悪いです。

さて、お話したように若狭坊は病気からの復帰ですが、
「病が去る」のめでたい申年となります。

これまでの若狭坊の仕事スタイルは、とにかく多くの人たちの
支えを必要とするもので、とにかく、あちこちに顔を出し、
話し語り合い、一緒に汗をかき、酒を酌み交わし・・・
というようなものでした。

しかし、つきつめるほどに家族やプライベートにしわ寄せか来て、
結果、体にも大きなしわ寄せが来たような気がします。

ということで、仕事、活動、家族、自分のバランスをもう一度
見つめなおす一年にしたいな☆
と思っています。

病気をすると身近な家族の大切さに気付くものです。

でも、歴史・文化などを最大限に活かして地域を活性化したい。
という心には何も変化はありませんよ。

でも、
今年は、「歴史を活かす」から、
原点に返り「歴史を突き詰める」に重点を置こうかと思います。

「活かす」の仕組みはある程度できました。
プレーヤーもたくさんいます。若者もいます。
が、「突き詰める」の仕事を担う人材はかなり不足しています。

突き詰めた「素材」がないと活かすにつながりません。

といいつつ・・・結局はどちらも大切なのは解っているので
両方に手を抜けなくなるのですけど・・・
元気になればなるほど、また元のようになっているかも(笑)




今年の目標

1.家族との時間を大切にする
2.山に入り、社寺を詣で、自分の時間を大切にする
3.せっかく痩せたので肉体改造に取り組む

です。
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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