くぼたん男気祭

30日(土)。

2回目の「くぼたん男気祭」が開催されました。

くぼたんの20代から30代を中心に企画を練ってきました。
(若狭坊は40代ですが・・・まあ特別に)

これだけ青年層が残っていて、
仲良くイベントできる区なんてほとんどないんじゃないかな?
50軒ほどの集落ですが、男女30名以上の実行委員です。


今年はスタッフTシャツとタオルも(笑)

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バックプリントにはオリジナルのメッセージが。。。

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生き方は人によっていろいろである。
ただ、誰もが楽しく幸せに生きたいと思っているはず。
なら、やりたいことをやれ!
できないと思ったら何も始まらない。

若者らしいよね♫

すべて手作りのイベントです。

鉄板焼きにかき氷に炭火焼

そして・・・流しそうめん!(^^)!

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最近の小浜のイベントの定番?ですね。
いつでもどこでも「流しそうめん」(笑)
盛り上がります。

若狭坊はひたすら焼き鳥を焼いていましたが・・・

まあ、これだけ人おるんや・・・くらい多くの来客でした。

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締めは夏の終わりの盆踊り☆



夏は熱く盛り上がるシーズン。

子供の頃からですが・・・

去りゆく夏を思うと淋しいですよね。

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夏の終わり

夏も終わりですね。

昨日は夏季ソフトボール。
勝利したものの予選リーグ敗退となりました。
チーム名は「相生倶楽部」
「くぼたん」の地域チームです。

若狭坊が住むくぼたん☆

夏は色々ありました。

青壮年会と子ども会の魚つかみ&バーベキュー♫

六斎念仏十七夜とビアガーデン♫

松上げとビアガーデン♫

そして・・・30日は・・・

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男気祭

まぁ、なにかにつけて飲もう・・・がテーマです(笑)

でも、こうして伝統行事や楽しみ企画をもとに老若男女が集い、
語り合い、親睦を図るからこそ、地域コミュニティーが成り立つ。

もちろんここから生産・産業につながる話も出てきて地域活性化に向かう。

ちなみに男気祭は2回目。

地域に住む20代から30代が主体となって計画運営する夏の終わりのイベントです。


昔でいえば青年団や青年会のイベントですね☆

でもこれが今のl時代、当たり前でなくなりつつある。

人口減少・限界集落が話題となる昨今ですが・・・

大切なことは集い語ること☆
(酒をもとに・・・(笑))


くぼたんは元気ですわ♫

まちづくりをする時。

家族のことができていないと区のまちづくりはできない。
区のことができていないと地区のまちづくりはできない。
地区のことができていないと市のまちづくりはできない。

小さなコミュニティでのまちづくりが基本であり大切。

よく家庭や地域のことが出来ていないのに
まちづくりの理屈だけを言う人がよくいる(^^ゞ

当然、行動しても的がはずれていたり、仲間が集わなかったりする。


さて、男気祭・・・
(実行委員会には女性もいますが、「男気」ってコトバで行動しようということ)


また内容はブログにおいて報告します。

将来・・・

くぼたん男気祭から、まちづくりを担う若者が登場するはずです(^^)/




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「地者」「キレ者」「中高年」



25日。

週末の疲れが残る中、

とある秘密の懇親会。

若狭坊のまちづくりは、いつも飲み会から始まる(笑)


雨男のAPECさまと、S駅長。

そして、俵越山さん。
越前屋俵太さんと言った方がわかりやすいかな。


まちづくりというか観光戦略というか・・・
「食」を切り口としていろいろお話しました。

楽しかったな。
俵さんは、コミュニケーション力が強くて、わたしたちの引き出しを
ひらいてコーディネートしてくださる。

タレントとしてのイメージが強いが、
芸術活動からみても
大学教員としても
放送作家・ディレクターとしても

やはり

人間観察・自然体を引き出す

すばらしい力をもっていらっしゃる。


まちづくりにうごめく私たちの頭の整理がだいぶできました。

映像やSNSを媒介に小浜色で☆

いろんな意味でコラボしながら小浜を発信していきたいですね。

大きなテーマは

海・山・里 小浜全体 「小浜食堂」


そして俵越後山さんのコトバ☆

いままで、まちづくりって

「若者」「バカ者」「よそ者」

って、よく言われてきたけど。


これからは

「地者」「キレ者」「中高年」

でっせ。


よっしゃ~。やりますか。

一人ではできないけど、いろんなスキルや人脈をもっている仲間がいるから。

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松上げと柱松



8月23日♫

若狭小浜の南川沿いで伝統行事の松上げが行われました。

何度も何度も☆

毎年毎年☆

ブログで紹介していますが、

若狭坊の家の横でも行われます(笑)

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若狭から京都愛宕神社までの街道沿いには松上げ行事が密集しており、

通称「松上げ」の道とも言われます。



ところで、

若狭から紀伊山地までの信仰の道。

こちらも何度もブログで紹介していますが・・・


先日の南無南無な旅で、「柱松」という行事が南紀に密集していることを初めて知った。
那智の火祭りは有名なので知っていたが・・・

まだまだ勉強不足です。

若狭から鞍馬を経て奈良、紀伊には特徴的な火祭りが多い。

そして・・・「松上げ」と「柱松」

いまでこそ両行事とも、送り火・五穀豊穣・息災・火伏など、
さまざまな目的をもつ行事に変化していますが。


古代からの信仰だとすれば・・・

興味深々です。


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ジャンル : 学問・文化・芸術

守護所シンポジウム2@新清州会議

23日(土)

今日は伝統行事「松上げ」の日☆

夕方から雨(^^ゞ

でもなんとか火もつき、今年の五穀豊穣や火伏せを願うことができました。

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行事後は、主役の子どもたちと保存会の面々で集会所にお泊まり♫

肝試しをしたり深酒をしたりして楽しみました。


翌朝

みんなが眠る中、尾張清州に出発☆

守護所シンポジウム2@新・清州会議

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朝から清州の復元天守を眺め見て、清州市民センターへ意を決して入場。

ひさびさの研究会出席です。

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土日勤務の職場では、なかなか研究会にも足を向けられません((+_+))

本来なら2日間の日程すべてを拝聴したかったのですが伝統行事なのでしょうがない。

初日・23日の尾張・美濃の要の報告が聞けなかったのが悔やまれる。


でも、2日目・24日も・・・

なかなか魅力的な報告が続きました。

仁木さんの総論も頭を整理する上で参考になりました。


今回の守護所シンポジウムは10年前に行われた第1回から派生していて・・・


その時には30半ばに届かない私も発起人一同として参画していました。

当時、全国の中世守護所・戦国城下町研究の若手中堅どころが集まり、
各地を見て回って勉強し、酒を酌み交わして情報交換した。


垣根に縛られた既存の研究の限界からの脱皮・新提言へ向けて。

その糧が今の若狭坊の探究の根幹にあります。

だから、どうしても出席しなければならない研究会でした。

しかし・・・
今回も・・・

最後の結論、提言みたいなものは出てこなかった(笑)

これはある意味しょうがないことなのですが(笑)


当時、私と一部の地方公共団体の同志は、

「多様性」があり、統一的な復元モデルなんか提言できるはずがない!!

といって、「まずは方法論を主体にすべき!」と熱く語っていたのを思い出す(^^ゞ


しかし、この方法論的なものは全国で定着しつつもあるが、統一されたものには至っていない。

ここが統一されないと、同じまな板にのせて議論できないのにね。

文献・地理・考古・建築の垣根を越えた学際的研究がさけばれて久しいが、

まだまだ確立されていないことを改めて思った研究会でした。

かなり進展はしましたけどね。

えらそうなことは言えませんが

意外と地に足がついた市町村レベルの研究者の方がこういう意識を強くもっていると思います。

どんな切り口でも説明できる。
さまざまな切り口をまとめて説明する。

これがないと、市民のみなさまに「歴史を知ってもらう」が叶わないから。

それぞれの枠で生きる研究者からすれば、史料批判も専門性もない
「異端」
と位置付けられるのでしょうがね(笑)


ただ、現在の研究動向による全国各地の空間構造の復元提言。

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これだけあつまれば、これから10年の最高の資料となるのは間違いないでしょう。

発起人の皆さま、壇上・紙上報告のみなさま☆
本当にお疲れ様でした。

前回は『守護所と戦国城下町』という書籍刊行まで至ったが今回はどうなんだろう??


で・・・

各地の勉強会に一度も参加できなかったくやしさ。

なによりも前日入りしてみなさまと懇親できなかったさみしさが強く残りました。

当日入り後も、寝不足と疲れから、ほとんどみなさまにあいさつさえできなかったので。


でも、地域で精力的な砺波のN原さんや徳島藍住のS見さんとあいさつできただけでもOK。

考古・歴史学を基盤に地域づくりを推進する仲間がいるというだけで元気がでます。


いってよかった・・・

次は・・・10年後かな??

今回の「新・清州会議」では後継者は決まらなかったが(笑)


今回の壇上・紙上発表の若手新進気鋭の研究者と
わたしたちの世代が音頭をとらないといけないのでしょうね☆

そういう意味での「新・清州会議」だったのかな?



テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

アイスバケツチャレンジに想う



なんか世間を賑わせていますね!

アイスバケツチャレンジ

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の研究を支援するための寄付運動。

指名を受けたら100ドル寄付するか氷水バケツを頭からかぶるというもの。
もちろん両方してもいいわけで、SNSであっという間に拡散している。

実行した人が24時間以内に3人指名していくわけだからネズミ講方式で拡散していく(^^ゞ


政財界や芸能人・スポーツ選手が行い、どんどんマスコミでも取り上げられている。

そして、拡散するにつれ「売名」「社会貢献ごっこ」という批判も広がりつつある。



正直なんとも言えません。
でも、ALSの認知につながったのはいいことですね。


ちなみに、アメリカでは慈善活動で氷水をかぶるということは以前から行われているようで・・・
また、感謝やありがとうの意味もあったりする。

たとえば、メジャーリーグでサヨナラヒット打つと選手がど~っと出てきて冷水をかけます。
最近は日本プロ野球にも波及しています。

まあ、文化なのです。
そして異国文化を簡単に受け入れるのも日本人の特徴です(笑)

ちなみに若狭坊は基本的に他国文化を批判することは好きではないのです。
かといって、指名されて必ずやる必要もないと思っています。
今回の事例。
賛否どちらにも同調します。



さて・・・

水をかぶる。

これは日本文化でいえば

水垢離

神仏に近づくとき

願をかけるとき

清らかな冷水で身体を清める。

必須となります。

修験道でも重要視します。

神社詣りで手水舎で身体を清めるのも、これの短縮形です。


日本人なら・・・

水垢離をして人類の難病の克服を神仏に願う。


こういう思いからアイスバケツチャレンジに参加するというのは良いことではないでしょうか?

水をかぶって喜ぶだけでなく、願いをいれましょう!



水は万物の根源。


水で清め願う。


国籍をとわず実は人間の深層の部分なのかもしれません。

でも・・・パフォーマンスだけでなく「願い・祈り」は忘れないようにしないとね。


さぁ・・・滝行しましょう!



テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

熊野詣で

ちょっと遅いお盆やすみ。
2日だけやけど(T_T)/~~~

でも連休をとれない職場だから貴重なのです!


ということで・・・

いざ、熊野古道へ・・・GO!!

昨年、遷宮で伊勢に詣でたので、今回は伊勢路から熊野三山をめざすことにしました。


修験者であれば、吉野から大峯奥駆道を経て本宮へ・・・
でしょうが、お許しください(^^ゞ

時間があれば行きたいと常々思っています。


平安時代以降、盛んになった熊野三山詣。
蟻の熊野詣とも例えられました。

まずは三重県立熊野古道センターで学習。

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どこを歩こうか悩んだのですが・・・

今回のメインは那智山。

西国第一番札所 青岸渡寺

なのです。

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祖母の冥福を祈り黙々と。

しかし・・・暑い・・・汗が噴き出す。

苦しい山行を経て

熊野権現さまにお会いできました。

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クスノキの胎内くぐりをして、牛王符をいただき。

青岸渡寺で、納経南無南無して、納経軸にご朱印をいただく。

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そして坂をかけ下り・・・

飛瀧さまを南無南無。

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いやぁ~熊野は遠い・・・

車移動と一山お参りで1日が終わってしまう。

数か月休みもらってニッポンの奥駆(若狭~熊野)したいですね。
そしてゆっくり大辺路・小辺路・高野山と巡りたい。

でも、今回のメインは西国札所ということで☆


熊野古道レポート☆ 続きは次回へ・・・・


PS

熊野灘を望む翌朝のご来光は素敵でした。

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遠くに補陀落山を感じたいにしえびとの心が少しわかります。






テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

松上げ準備&六斎念仏



週末は仕事だったのです。
いつものことですが(笑)

かなり忙しかったですよ。
でもお客様が多いのはいいことです☆



さて、16日(土)は伝統行事「松上げ」の準備でした。

と言っても若狭坊は喪中のため不参加。
ケガレをもつものは、会場にいってはいけないことになっています。

しょうがないです。
でも息子は子どもで主役を張るので、血脈なども考えて参加させました。

松上げは竹で骨組みしと藁で編んだかごを作ります。

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そしてこれを立てて・・・

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夜になってから、松のジンを細かく切って束ねた松明に火をつけて投げ入れます。

火祭り玉入れバージョンです。

子どもには伝統行事を楽しんでもらいたい。
そして次世代を担ってほしいと願っています。


17日(日)

仕事から帰り晩酌を始めて気付く。

おぉ~十七夜や。観音さんにまいらんと・・・

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青壮年会のプチ屋台で一杯のんでから六斎念仏の奉納を見ました。

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小学生の一六斎。
かなり上手になってきました。

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中高生の二六斎。
っていうかみんな30代やん(^^ゞ
でも豪快な二六斎を見せていただきました。

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青年の三六斎。
滑稽な踊りをみせてくれます。


すてきな夏の休日の過ごし方です♫


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テーマ : 伝統芸能
ジャンル : 学問・文化・芸術

読書してますか?

雨続きの夏です・・・

台風が夏を連れ去ったのか??


若狭坊は雨の休日に読書をするのが好きなのですが
最近はもっぱら風呂に入りながらのマンガや文庫本が多い。

けっこう酔っているときには本を水没させてしまったりする。
危険ですね。真似しないように(笑)


さて、仕事柄、研究書が多い若狭坊の書斎です。

これらはいつも見るものではなく・・・

なにかを調べたい。
ちょっと気になる。

くらいのときにひも解くことが多い。

WEBで情報が簡単にとれる時代ですが・・・
この氾濫した情報を択一整理することができない。

おのずと信頼できる方が書いたものをまず読み、
そこから次の最新の情報などを探索していくことを始める。
で、新しい本を入手したりする。

だから・・・

当然、数年間開くことのない本も多くある。
本は増えていくのに・・・

だから家族にすると「ムダ」「邪魔」の類に入る(笑)


ちなみに・・・

興味をもって買う本もあれば、付き合いによっていただく本も多い。

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たいして何もしてないのに、資料提供やコメントしたりのお礼。
論文引用のお礼。

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学友としての切磋琢磨からの寄贈などなど。

論文抜刷なんかをあわせれば、年に50冊ばかりいただくだろうか?

ありがたいことです。


若狭坊は単著がないので、みなさまには抜刷や報告書の寄贈ばかり。
おはずかしいものです。

若狭坊が寄贈するとき押す落款、またいただいたときに押す蔵書印。

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20代の時に彫ったものですが、現役です。


いまや、デジタルの時代。
デジタル化は必須なのでしょうが・・・

本に囲まれた生活は落ち着くものです。

でも、常に書斎で本を読むオトコではないですよ~。

もっぱら風呂読書ですから。

そりゃ家族に邪魔ものにされるわ(笑)

大切な蔵書たち!ごめんね☆

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おまいりのしきたり

いつだったか・・・

神社で般若心経をあげていてお叱りを受けた話をした。

神社の柏手の話も書いたこともあるかな?


最近、神社や寺でのおまいりのしきたりを看板などで示してある寺院がいっぱいある。

みなさん則ってますか?

まずは意味を理解して従わないと、規律重視では日本のしきたりを忘れてしまいます。


たとえば「おみくじ」

神社の低木にたくさん結んであって、「結ぶ」で吉運が叶うなんでことを言う。

ほんの数十年来のことなのですが・・・

もともと「おみくじ」は護符。
吉が出れば、財布か神棚に納めて1年間のお守りにしないといけない。

「結ぶ」は凶が出た時。
それも逆手で結ぶ。

これは「行」なのです。

難行を経て魔を払うのです。

でも本来の難行は、滝行などの水行や山行ということを忘れてはいけない。


「手水」なんかもそう。

本来は水垢離しておまいりしたものの縮小。

左手・右手・口といいますが、しっかり身を清めることを忘れては意味がない。


「賽銭」

5円をいれるとかいうけど(笑)

本来は包紙に、初穂料、玉串料としておさめていたものの縮小。

初穂(新米)や玉串を納めることを忘れてはいけない。


このように祈願の作法は縮小化されていくのが日本。

でも、宗教的規律にならず、「神さん」「仏さん」と和やかに向き合える作法の過程でもある。

若狭坊はこのような日本文化が好きです。

こうお参りすべき!みたいな規律をみると、「ほんまか?」と思う。

そんなことしたら罰があたる。
そんな物言いをすると神仏の報いがある!
みたいなことを絶対神に例えて言われると苦笑してしまう。

あなたは、日本の八百万の神や生活を支えるすべての仏と交信できるの?みたいな(笑)

自分は自分なりにしっかりと神仏と向き合っておまいりしているから。
そこには学者・修験者としての自負もある。


でも本来こうすべき!!は忘れないようにしないといけないね。
そして自分にうぬぼれてはいけない。

知識に囲われ、突き詰めることを忘れてはいけない。

でないとお参りの作法が無くなってしまうから・・・

若狭坊が山に入り修験に生きる一つの理由です。


と、いうことで師匠の本です。

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しきたりの歴史をわかりやすく紹介しています。

なんせ民俗学者であり神主さんでもあり。
「食」、「旅」、「酒」がご専門ですね。

素敵な先生です。

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人物学事始

お盆も無休で仕事中(^^ゞ

でも賑わいがあると元気が出る若狭坊です。


さて、川崎の若狭フィッシャーマンズワーフ前にお目見え☆

「若狭人物学事始」

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小浜が輩出した郷土の偉人を網羅しています♫

すごいわ!これ

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市内の不動産屋さんが不動産看板に添付するかたちで始められたのが昨年。

それを観光客の皆さまにもということで若狭湾観光さんがすべてをまとめて設置されました。


杉田玄白先生など全国的にもメジャーな先輩から
あまり知られていない方も数多く。

でも、これを見るだけで小浜の歴史深さを体感いただけます。


小浜は海に開かれ、大陸半島や日本海諸国から文化を流入し・・・
京都や奈良の玄関として、それらの文化も受け入れていました。

国際的な交流都市であったからこそ、多くの偉人を生み出しています。

学問を認める深い土壌も現代まで継続しています。

現在の若狭高等学校の校訓にもある

「異質なものへの理解と寛容」

も歴史の必然から生まれています。

若狭坊の学問への取り組みや、行者としての生活も・・・

先人の築きあげた歴史と土壌から生まれているのです。



偉人の顔イラストに一言紹介もついています。


一度ご覧になってくださいね☆

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旨いもんすごろく in 小浜


早出し秋イベントのご紹介☆

「旨いもんすごろく」

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昨年に引き続いての「第2回」の開催です。

重伝建の古い町並み「小浜西組」をスタンプラリーで巡り
ゴールでは小浜の新グルメが待っているという楽しい企画です。

市内の方も、市外近隣の方も、観光の方も

お楽しみくださいませ~☆


ほかにも小浜にはグルメいっぱい☆



食文化館でおススメしている飲食店


地産地消を進める店

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食のまち小浜の産物を使っている店舗をご紹介しています。




おばまるしぇ

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グルメガールが自ら食べ歩いたお勧めの店とメニューをご紹介しています。


舞鶴若狭道が全線開通して便利になった若狭小浜。

食欲の秋は小浜ですよ~。

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地名から読み解く歴史

台風通過ですが、すっきり夏空はまだ帰ってきていませんね。

暑いのは好きではないのですが、元気がでる青空は好きな若狭坊です。


今日、お客様に聞かれたこと。

「蘇洞門」の由来は何ですか??

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蘇洞門は、若狭小浜を代表する景勝地☆

遊覧船で大小の奇岩洞窟を巡っていただけます。


で・・・

由来はわからない(笑)

ただ、江戸時代の書物のほとんどは「外面(そとも)」と書いている。
外海に面した場所ということです。

蘇洞門。
おそらく江戸時代中ごろ以降に、文人がその姿から雅号をつけたのでしょう。

「蘇りの洞門」ですからねぇ~♪

そして、近代観光化される中で定着していった。
のだと思っています。

もちろん正式に研究していないのでわかりません。
中世以前に、意味をもって存在していたかもしれませんから。
そして、場所的な意味を後付けして「外面」とあらわしていた可能性もあるから。
蘇洞門の「蘇」に古代からの意味があるかもしれないから。
江戸時代の文人が深い洞察研究のもと、復活させた字かもしれないから。

地名は多くを語ってくれます。
それだけに歴史研究には扱いやすくもあり、かつ推量の域をでない妄想にもなってしまいます。

肝に銘じないといけません。

小浜近隣の場合、大字(現在の区名)は意外と古代の事象を物語ってくれるものが多いと、
漠然と思っています。

もちろん例外もあります。
府中から西津、雲浜、小浜のあたりの地名は、どれだけ遡っても古代末です。
なぜかって?
単純に開発がおのずとその時代だからです(笑)
いまでも遠敷から海に向かって走れば時代時代の海岸線を感じ取ることができます。
考古学の成果やボーリング調査でも明らかとなっています。

一方小字は、中世以降の生活に根差した意味合いを探すときに重宝します。

で・・・

もとに戻り、地名研究は要注意です。
蘇洞門のように、音を残し、漢字だけ変わっていくものもあれば・・・
音に訛りが出ていく中で変化していくものもあれば・・・
意味なくコロッと地名全体を変えてしまうものもあれば・・・
新しい歴史的意味合いをもって変わってしまうものなどなど・・・

平成の大合併の自治体名変化に大きく出ていましたよね。

だから、単純に現在の地名だけで歴史を読み解こうとすることはできません。



私の住む地域の大字は「相生」。

これは近代に入ってつけられた新しい地名です。
古代末から江戸時代までは、窪谷村であり桂木村です。
須恵野とも呼ばれていました。焼き物の郷ですから。

ではなぜ相生?
これを読み解かなければなりません。

古代からあったのか?(資料にはまったく登場しない)

単なる吉祥・合併吉祥の意味をもってつけたのか?
(相生の松や相老なのか)

深い考察のもと、意味ある吉祥なのか?
(信仰や五行に則っているのか)

かなり深いです。
これだけで一つの論文が書けます(笑)

地名は紆余曲折を経て、常に変化していると思う疑念を忘れてはいけません。
時代時代の歴史的、地理的事象を読み解く力が必要となります。


地名で歴史を語るとき。

文献であり、地形地理であり、考古学であり、民俗学であり、信仰であり・・・
すべてを網羅した研究を進めないと深くを語ることができません。

でも地域の歴史を知ろうとした時。

地名は何かを物語ってくれます。

おもしろいです。

みなさまの住む地名に思いを馳せると、先祖の心が見えてくるかもしれませんよ。


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夢わかオーガニックマート


台風接近中☆

本日「夢わかオーガニックマート」でしたが・・・

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残念ながら中止!

でも有志ブースが一部出展しました。

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お昼ごはんは小浜産もち米100%のWaFullさんの「もっふる」

へしこピザが美味しかったです。

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本当なら賑やかな週末になるはずだったのに・・・

自然との共生では仕方なし!

9月13日(土)にも開催予定ですので楽しみにしましょう。

しかし・・・

お付き合いのある方々が多いのですが・・・

尊敬します☆

小浜のまちづくりは元気ですよ~。



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化粧地蔵


台風来ないといいね!

と願っている若狭坊です。

でも・・・

子供のときって、来るかな?来るかな?ってドキドキしてましたよね。
若干、来いよ!というイメージが多かったけど(笑)

大人になれば来てほしくないものです(^^ゞ


さて・・・

食文化館の町家で地蔵盆の飾り付けをしました。

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ボランティアスタッフのみなさまのおかげです。

ありがたや。

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小浜の地蔵さん(石仏)は化粧地蔵として有名です。

1年に1回、地蔵盆にあわせて、地域の子供たちが海や川で地蔵を洗い流し
絵具であらたにお化粧するのです。

おもしろいですよね。


でも地蔵盆にあわせて前掛けを交換したりするところもあるよね。
衣服替えも化粧も同じです!(^^)!

それに、何度かブログでも書いているけど

仏像は極彩色や金色が基本だからね!

伝統を守っているのが化粧地蔵だと思います。

8月23日、小浜市内各所で子供が地蔵を囲んでいます。

是非おまいりくださいませ。


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いざ☆大黒山


わが母校☆

口名田小学校の裏山に大黒山があります。

学校といえば裏山♪
ドラえもんでも、のび太くん含め、よく遊んでいますね。

若狭坊の子供のころも裏山の「大黒山」は遊び場でした。

何があるわけでもなく、ただ登り、里を見下ろしていた(笑)

春の陽射しを受け、山を登り、腰までの雪におどろき、身動きとれずに遭難しかかったこともあった。


学校では、この山を授業で活かそうということになり・・・

土曜日に登山道整備のPTA奉仕活動がありました。


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こちらは昨年流れた飛川橋方面。

広大な耕作放棄地が山側に広がる(^^ゞ
昔はこんなことなかったのに。
日当たりのよい最高の耕作地なのにね・・・

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こちらは上中井から相生方面。
いい眺めです。


ちなみにここは「くつろぎ広場」と名付けられているらしい。
岩場が集まり、信仰対象地になるようなところです。

ちなみに中腹には天狗伝説もあるので、山伏には最適の山です(笑)

倒木除去、階段づくり、ロープはりを分担して実施したが・・・

ここまでいらんよ。
子供は余裕で登るから。

先生も親も甘くなったものです。


さて、

大黒山ですから古来信仰の地だったのでしょうね。


いわゆる深道が多く残っています。

踏査の必要あり!!ですね。

北山麓の谷田寺には素敵な大黒様もいらっしゃいます。

口名田の信仰を大黒山から見つめなおさなければ・・・

今度水曜日にでもこっそり登ってみよう。

でも学校が始まると不審者に間違われるから、夏休みのうちかな?(笑)

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絵図は語る

若狭坊の専門は都市史であることは「知る人ぞ知る」です(笑)

文書や考古学、絵図、伝承、現況地形をトータルして古地形復元するのです。

結構論文は書籍として発表されています。
来年には「中世北陸の港町」も刊行予定です。


ということで、食文化館にある江戸時代の屏風絵から・・・
ちなみに、この絵図は今年度のリニューアルで無くなる。
ちょっとさみしいです。

まずは港町。

小浜の中世の湊の位置は、江戸時代の絵図、地名、現況地形に良く出ています。

こちらは、小浜でも古い西津の湊。

nisizu.jpg

いま、水取という区になっている地区は川が蛇行した入江跡の水田。

ここが、鎌倉時代から南北朝時代まで、若狭の中心湊だったところです。

内陸に大湊・小湊という地名を残していますが、このラグーン沿いなのです。

この地域。大雨時に水がつく。当たり前のことです。


つぎに発達するのが青井湊。

aoi.jpg

ここも水田跡となっているところが湊跡。
いまもこの奥に大神宮船留岩という史跡がある。


そして、小浜が最大に発展するきっかけとなったのが津田入江。

tuda.jpg

南川の蛇行により河口に形成されたラグーン。
ここは江戸時代まで湿地、そして津田入江として伝承されてきた。

これに付随して、八幡神社が創建(遷宮)され、○○小路という町を作りだした。
小路名をもつ区は、室町時代にできた湊に接した商家群です。

絵図のラグーンに沿って歩くと今でも地形の高低がわかります。
地名から、地域の特徴もわかってきます。

小浜は北前船などで江戸時代が大きな港町と思われがちですが・・・

実は中世がもっともすごい国際港湾都市。

いまでいう神戸や横浜のような存在でした。


山にいきましょう!

tada.jpg

多田ヶ岳です☆
信仰としてのシンボル山。
かっこいいです。

ん??

山麓の龍前と中の宮の間の山頂に宮が・・・

minaduki.jpg

水無月社だって。
いまないやん。これは踏査しなければ。

そして・・・

iimori.jpg

八ヶ峯ってありますが、たぶん飯盛山。

この絵図屏風、ほぼ完ぺきに村名を記載していますが、
この山に隠れて「窪谷村」が記載されていない(^^ゞ

隠れ里なのだろうか(笑)

ちなみに山の名は、高くてシンボリックなものは「嶽」
次に高い山や往来のあるところは「峯」
低山は「山」

となっています。

他にもおもしろいものが一杯あって。

羽賀寺前の江古川に「観音出現所」

kannnon.jpg

これは興味ありますね。


加斗の勢村には「船小屋」と「水車」

suisya.jpg

水車って何してたんやろ??


南川の「川船」

kawafune.jpg

先頭に船頭、中乗り二人、とものり一人。

思ったより大きい。
若狭瓦だけでなく、いろいろなものが運ばれていたのでしょう。

いやぁ~じっくり見るとおもしろい。

見られるのは今年いっぱいです。

食文化館でお待ちしています。

テーマ : 絵画
ジャンル : 学問・文化・芸術

目指せ!源内先生☆

う~ん、港町らしい・・・

DSC_0655.jpg

旧小浜水産高校実習船「雲龍丸」
海上自衛隊多用途支援艦「ひうち」のコラボ☆

「ひうち」は今日から3日まで小浜港で公開中です。
「雲龍丸」は31日まで毎日公開。

このような機会はありません。一見の価値ありですね☆
両方堪能するなら、この3日間です。



ちょっと遅れましたが

29日は土用の丑の日でしたね。
みなさん食べられましたか。
近年高価なうなぎさん。

DSC_0654.jpg

最近はうなぎをなぜ土用に食べるかもマスコミなどの紹介で有名になってきましたね。

江戸時代に鰻屋から夏の売上減の相談を受けた平賀源内のキャッチによる売り出しといわれています。

「本日土用丑の日」

源内が用いたルーツは大伴家持が万葉集で詠んだ歌です。

「夏やせには鰻を食べろ」と。

平賀源内はこれを用いて売り出しにかかります。

教養人ですね。



小浜藩医の杉田玄白先生とも交流があり医薬にも精通していました。
オランダ文化の受け入れにも積極的でした。
「エレキテル」に代表される発明家でもあり、
うなぎの売り出しのように商いにも関係していく。
コピーライターですよね。
その教養は文学者としての源内からきています。
地質学にも精通して、鉱山開発にも関与したりもしています。


まあ、伝統にとらわれず、多くのことを学び、学者じゃなく実践していく。

若狭坊が目指すところなのです。

源内先生に感謝し、いただきます。



ちなみに、鰻を虚空蔵菩薩の使い、神の使いとする地域も全国にあります。

いつもより、南無南無「いただきます」を勤行にしました。

ごちそうさま。

テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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