若狭小浜☆歴史文化イベント情報

秋のイベントが終わり・・・

と思っていたら、年末に向けイベントいっぱい(^O^)/


元気元気!!いいことです。

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12月1日(土) 御食国若狭おばま食文化館で開催される国際シンポ

「食文化とまちづくり」~食べることは、生きること~

食文化館は、食文化をテーマにした全国でも稀有な博物館。
外国の食文化を覗くことで、見えない日本の食文化の再発見ができるといいですね☆

まちづくりのヒントがかくれたシンポジウムになりそう。


12月15日(土)に若狭東高校で開催の・・・

「アブラギリシンポジウム」

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アブラギリ・・・若狭地方では「ころび」といいます。

江戸時代には桐油の原料であって、若狭は全国でも有数の産地でした。
ここに目をつけ、いまでも多く自生する「ころび」の活用をめざすシンポ。

観て、触れて、感じる。楽しそうなプログラムです。

エコな塗料、殺菌作用のある葉、きのこ栽培など提案が一杯。
いきた~い。
でもいけな~い。



なぜかというと・・・

その日は・・・

「第11回杉田玄白賞表彰式ならびに記念講演会」

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小浜藩が生んだビックネーム。杉田玄白先生にちなんだ全国公募表彰です。
食と健康をテーマとした研究の第一人者を表彰します。

今年の受賞者講演は、魚類・海藻類の機能性を探求した研究と、妊娠から授乳期に
かけての食の研究です。

若狭坊はスタッフしてます。ぜひお越しになって!



最後は・・・

12月24日(祝)開催の・・・

「だるま窯を語る」

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若狭瓦の里保存会が、地域に残るだるま窯をなんとか保存していこうと
だるま窯研究の第一人者の藤原学さんを招いての講演会です。

若狭坊は前日に沖縄出張のため、元気を取り戻して参加しようと計画中でっす!


いやぁ~ 小浜って元気ですね☆
そして歴史文化を活かしたまちづくりのアイテムに溢れていることに感謝です。


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若狭小浜の石造物

この間から資料調査やウォーキングに出ると目につくもの。

それは石造物。

宝篋印塔から五輪塔、宝塔、層塔、石仏などさまざま☆
地域に根差してしっかり守られています。

そうそう!
この間、空風輪だけになった五輪塔石造物をご紹介しました。

地輪や水輪が礎石や漬物石になったため、使いにくいものが残ったと
いいましたが・・・

よく見てみましょう☆

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いずれも前掛けされてるんですよね(^O^)/
ちなみに同じ場所にあった石仏群は・・・

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同じなのです。
地元の人は、石仏(地蔵・如来・菩薩)も五輪空風輪も「お地蔵さん」
に一まとめしてらっしゃいます。

このあたり、京都に近いため、近世ごろから地蔵盆が盛んです。
地域に根差して守られています。
子供の成長が難しい時代。
水子成仏や子供の息災を願いまつられたのでしょうね。

ヒトガタにみえますもんね。空風輪。

生活に活かされたものと信仰に残ったものが融合しているんですよ。



さて・・・
若狭小浜の石造物の石材は、鎌倉時代から南北朝頃まで花崗岩が主体となります。
その産地はよく解りません。おそらく湖北から若狭東部なのでしょうが。


これは南北朝期のもので、若狭で一番有名な大型宝篋印塔☆壬生狂言が
行われ有名な和久里区にあります。

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南北朝以降、明治時代まで流行するのが高浜町の日引石です。
安山岩質の凝灰岩で加工しやすいものです。

南北朝期に大型塔が作られ始めますが、室町期となると一尺から一尺五寸に
規格された小型石塔になります。



これらの石塔や石仏が若狭小浜の主体なもので、海岸部では戦国期から若狭蘇洞門周辺の花崗岩が使われ始めます。
また、越前笏谷石(緑色凝灰岩)の流入も始まります。


ちなみに日引石。
南北朝期から室町時代に日本海側諸国にもたらされています。

日本海側屈指の港町だった若狭小浜。
諸国の物資が小浜に集まり、下荷のバラストとして船につまれたのですね。
小浜の町には中世の石屋小路という町名が湊近くにあります。

こういうものに色んな歴史がかくれているんですよ。
楽しいものです。


ちょっと宣伝すると若狭坊も一部執筆した「日本石造物辞典」が刊行されました(^O^)/


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定価二一,〇〇〇円
小浜の石造物は、南北朝までで、年号があってという縛りがあったので
三点のみの収録ですが、近隣の市町のものも入れてあります。
興味のある方は必見ですね。

テーマ : 仏教・佛教
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口名田むらづくりウォーキング

村づくりな3連休♡

若狭坊は「まちづくり」というからには、まず地域を大切にします。

1.は「くぼたん」
2.は「口名田」
3.は「小浜市」

あとは日本・・・・

23日は小浜市地区対抗駅伝!(役員で・・・)
24日は地の神講の取材

そして25日は口名田むらづくりウォーキングでした


朝から公民館集合。

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総勢40名強。1歳から70歳代までのご参加です。
若狭坊は、防犯棒をもって先達しました!(^^)!

目標は谷田部という地区で、小浜から出る最初の峠である谷田部坂を折り返し地点とします。深谷の怪力!深谷のシイの休み石のある峠です。

中名田から口名田は、この季節、氏神さまをお詣りする地の神講が数多くおこなわれます。
○○氏の祠に同姓一族がお詣りして先祖に感謝するものです。

谷田部は、中に小さな集落単位があり、屋敷神を祀っているところがたくさんあります。

おいなりさん①

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おいなりさん②

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谷田部は食の世界遺産ともいわれる「味の箱船」に登録されている「谷田部ねぎ」の産地★
生産組合さんの事務所が最初の休憩地でした

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周辺にはたくさんのねぎ畑があります。

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これから鍋の季節にはサイコ―ですよ!
郷土料理では「サバのぬた」がGOOD!!

また、最近は古民家を改装したレストランなんかもあるんですよ★

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谷田部坂は歩きやすい深道です。
峠を越えて次は谷田部若宮八幡宮をめざします。

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到着すると区長さんと役員さんがお出迎え!
みんなでお参りさせていただきました。
神宮寺であった寺の本尊の県指定のお薬師さんを特別に拝観させていただきました。

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歩くと地域の再発見が多いです。

秋晴れのサイコ―のむらづくりとなりました。

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高めよう!地域力 若狭の未来のために

若狭坊が好きな冬の風景★

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なんだろう?
冬のモノクロの世界に熱いものを感じさせてくれるからだろうな!



今日は若狭青年会議所さんの例会にゲストとしてご招待いただきました。

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テーマは「高めよう!地域力 若狭の未来のために」

今年、小浜西組の町家を舞台に繰り広げられた地域遺産を活かしたまちづくりの取り組みの発表と、そこから解ったこと、分析されたことによる将来展望のプレゼンテーションでした。

若狭坊は、事業の一環だった町家DEフェスタに参加させていただきましたがとっても良かった☆住んでいる人が優先する地域コミュニケーションの場づくりと、外からの目で小浜の地域遺産を活かして地域を活性化しようとする若者たちの融合イベント。なにより参加してとっても楽しかった。

若狭坊は当然自分の地域でのまちづくり事業は楽しくやっています。
でも、他地域のまちづくりで「やっぱり楽しい!」と思えたのは大きな財産でした。
どうしても地域が主導せんとあかんやん!みたいな冷めた目でどこか見てしまうところがあったから・・・

例会の報告会もすごくよかった。熱い思いも伝わった。
また、まちづくりの仲間ができたと感じることができた。


最後にコメントを求められ、普通にいうつもりが、前のひとのコメントを聞いて「これは若狭坊らしくいかんと!」と、歴史的なことからマニア系のコメントをしてしまいました(ー_ー)!!
せっかく若い人(たいして年は変わりませんよ(笑))が考えているのに、方向性かえたかな?ちょっと反省。

思っていることは同じなんだよ。


いい気分です。

懇親会から帰ってきたのに一人のみです!(^^)!


今、他地域のまちづくりで影のフィクサーみたいな動きをしています。
ものすごくしんどいです。
生みの苦しみだろうな。
でも、一緒に動く仲間がいる。真剣に地域を考えているひとがいる。

今日の例会に参加させていただき、パワーをもらったので、ターボエンジンに点火してがんばるぞ!!!


さあ明日は地区対抗駅伝だ。飲みすぎないようにしよう。

(もちろん走りませんよ)

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歴史文化をより身近なものに


とある浜辺で文化財調査☆

寺院の入り口には、空風輪だけになった五輪塔の残欠・・・

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たぶん、地輪や水輪・火輪は建築礎石や漬物石などに転用されたのでしょう。
でも、空風輪だけでもしっかりオマツリされている。

これもいい光景です。

木造破損仏の調査。

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こちらの四天王にしても破損しているものの、しっかりオマツリされている。
平安仏だから完全なら指定文化財です。

このような仏様は若狭おばまにいっぱいある。
破棄されずに残る。

これもすばらしい文化でしょう。


このような文化を忘れないようにする考えを残す。
若狭坊の仕事です。


でも専門的になりすぎてはダメ。


小浜に住むみんなが解りやすい事業展開を図る。
「協働」というキーのもと。
結果、イベント屋に勘違いもさけるけど(笑)


でも、昔の祭りなんかは、言いかえれば歴史を知り人のつながりを大切にする歴史の継承から生まれたイベントとも言いかえることができるのでは??そこから歴史を見つめなおす「心」も生まれたのだから。

歴史を見つめなおす。
これは、マニアなことではありません。
今の生活の糧となるもので、人間生活には欠かせません。

指定文化財という専門的な難しい文化財から、住民に近く生活や経済につながるものに・・・これが継承の根本だと思っています。


がんばろう・・・

さてさて、羽賀寺の本堂前のイチョウもまもなく見ごろ。

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ぜひ小浜のお寺へ。

そして、来年は(今もだけど)歴史を活かしたまちづくりで活気づく小浜へぜひお越しを☆

若狭坊。
ただいまから、住民主体の「小浜の歴史文化を活かしたまちづくりを考える会」に出陣です。

あすは、若狭青年会議所さんの「歴史を活かしたまちづくり」提言を聞かせていただきます。

いろんな方と、小浜を見つめなおしまちづくりを進める。
ネットワークが広がる。

ありがたいことです♪♪(でも体は疲れ気味)(*_*;

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今日も神仏な日


神仏ネタが続いています。
たぶん読者が減っています(笑)
仕事の関係もあるのでご容赦ください。

午後から一宮の本地仏であった銅像のお薬師さまとご対面。
もちろん重文。収蔵庫におわします。

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お像の背面には
「若狭国一宮本地 宝治二年戌申六月日」と刻されています。

明治の神仏分離で境内から退かれましたが今も近くで篤くお守りされています。

この時、退かれた梵鐘も近くに。「若狭国鎮守一宮 暦応二二年・・・」とあります。

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こちらは県指定。
神仏分離の大きな流れの中でもしっかりと守られた。ありがたいことです。

ちなみに下社からは、大般若経が出ておりますが、地区管理でしっかり守られています。
平安時代初頭のもので、こちらも重文です。



その後、町部の庚申堂さんの資料調査。

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青面金剛さまと太子さまを南無南無させていただきました。

こちら、江戸の由緒を文書類で拝見させていただくと、ある二坊にあった小浜修験が関与していることが判明。江戸時代の信仰を考える上でも、いい調査になりました。

最後は安国高成寺さまへ。

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今年、観音さまが重文になったので立派な紹介看板も出来ていました。

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こちらの千手さまは、何度かブログでもご紹介していますが、二宮の本地さまを山伏がこちらに移した伝承があります。中世から江戸時代にかけて、町部の信仰に修験が大きく関わっているのですね。


さて、今日のみなさまは、生々しい由緒をもっていらっしゃる方ばかりでした。
本来、人の信仰がある限りこのようなものなのでしょう。


小浜の寺院でも、行基、弘法大師、泰澄の伝説(由緒)、○○天皇勅願をもつ寺院が数多くありますが、ここから真の由緒や信仰を見出すことが大切ですね。

ちなみに、神宮寺は和朝臣赤麻呂、多田寺は勝行・・・結構生々しいです(#^.^#)

奈良から平安時代に相次いで創建された若狭の社寺。
平安時代末には一宮と国分寺の勢力が大きくなり、多田ヶ岳山麓の各寺院は、若干勢力をそがれています。

鎌倉以降、再び盛り返した各社寺は、在地の経済力を基盤に信仰をあつめ、根本中堂が相次いで再建されていきますが、その過程で由緒に何かがついていくのでしょうね。そこに「色付けされたもの」、「残っているもの」を探るのは魅力的です。多くの天台が真言になっていくあたりもそうです。

ここに、少なからず信仰として成立した修験が関わっているのは諸文献で確かですね。
信仰だけでなく、成立していく小浜湊の商活動ともリンクしていますから。


寺院の由緒書からアイテムを抽出し、時代背景を総合的に勘案する。
若狭の社寺信仰に眠っている「謎」は、まだまだあります。

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若狭神仏祈りの道

冬到来の大荒れから、ひさびさの快晴!
まずは、若狭の龍、多田ヶ岳を正面から南無南無☆

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朝から仕事で市内東部の松永谷へ・・・
国宝明通寺がある谷です。

明通寺を過ぎて、蔵王権現さまがおわしたという磐座を遥拝南無南無☆
一度登拝したいとおもっております。

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ここを過ぎると素敵なバス停

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いいね ☆
いいね ☆☆☆

そして傍らには地域にまもられる石仏

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信仰の場だけでなく、そこに人と祈りがある。
これが若狭おばまだ。

明通寺にお参りしたいところを、下の岩窟南無南無でお許しいただく。
磐座の下に苔むす石仏さま。わたしの好きな空間でもあります。

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若狭神仏祈りの道(広域農道若狭西街道)を西へむけ走る。

若狭神宮寺にお参り。ひさしぶりにご住職としばし歓談。

神宮寺のトンネルを抜けると正面に久須夜ヶ岳☆
遥拝南無南無☆

右手の多田薬師にごあいさつし、さらにトンネルを抜ける。

昨日荒天のため参道で引き返した妙楽寺さまへ。

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千手観音さま、お不動さま、観音さま、薬師さま、地蔵さまと続けて南無南無☆

さらに西進して谷田寺さまを山門から南無南無。


若狭西街道を通ると、小浜の神仏を簡単にお参りすることができます。
今年は急な冷え込みで紅葉はイマイチですが・・・
それでも綺麗ですよ☆

ぜひ、「若狭神仏祈りの道」を通って紅葉に彩られた若狭の社寺にお参りください。


最後に若狭瓦の里へ・・・

有志で清掃され保存へ向けて活動が開始した「だるま窯」

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なんとか残したいが難しい課題が山積。

まずは地道に地元意識を上げたいな☆

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冬将軍がやってきた(+_+)

ちょっと早いぞ冬将軍(+_+)
小浜のまちにもみぞれが降り注ぎました。

昔は山々が赤く染まり、朝に数回山が白く染まり、ようやく里にいらっしゃったのに・・・

季節がなくなってきている。


まもなく小浜も山の口講。山への出入りが禁止される。
それまでに、永三坊さんと多田のお山に一年のお礼に伺いたいのに時間がとれない(+_+)

仕事の帰りにみた大黒山☆

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まだ染まりきってないのにみぞれが降るなんて。
ちなみに中腹の巌には、昔天狗さんがいらっしゃったそうな・・・

仕事の帰りに立ち寄った多田ヶ岳麓の妙楽寺。

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参道も染まりきっていない・・・
静かに千手様に南無南無していたら嵐がやってきました。

この妙楽寺さまは、山号を岩屋山といいます。
行基さまが御本尊を刻み、山腹の岩屋山に奉安されたといい、その後弘法大師さまが伽藍を整えられたといいます。御本尊は10世紀ころの二十四面千手さま。本堂は鎌倉時代建立でともに重文です。

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なんとか多田のお山の岩屋を確認したいものです。


歴史と自然は切っても切れない関係です。


ただいま、田烏の棚田のフォトコンテストの作品展示が市役所1Fホールで開催されています。山・海・里のコントラストをお楽しみください。

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信仰の今昔

今日は、多田のお薬師さんが京都へお出ましになるということで打ち合わせ☆

多田寺の木造薬師如来像、脇侍の日光・月光菩薩(十一面さまと菩薩さま)は小浜でも出張の多い人気の仏さまです。

五年前には奈良にもお出ましになっていらっしゃいます。
「神仏習合」展に!

多田寺・多田神社・若狭彦姫社・神宮寺は、日本の神仏習合受容形成の中でも注目されているんですよ。
仏像としては多田寺の三尊さまは、奈良時代にまでさかのぼる可能性も指摘されています。

日本人が日本人であるため、神仏習合を想ったとき、自然と出張も多くなるのですね☆
昔は秘仏であった神仏が、今ではご出張されるのが当たり前の時代・・・
いいのか悪いのかは人それぞれのお考えがあるでしょう。


さて、この多田寺のお薬師は日本三大薬師といわれるほど霊験あらたかで、とくに眼病平癒に霊験があるといわれています。いにしえ、縁日にはものすごい人が訪れたようです。
同じく、多田ヶ岳西麓の妙楽寺の二十四面千手さまの開帳縁日もすごかったようで、南川の河原に人があふれたといいます。
前記事で紹介した田村薬師さんの御開帳や縁日もすごかったといいます。

昔は秘仏であったからこそ、お会いできる時をめざして人々が詰めかけたのですよね。
だから、今の仏さまの出張も、昔の御開帳と同じと捉えれば全然問題ないのでしょう。
多くの方の祈りを受けられるのであれば。

いまはひっそりの各お寺・・・
若狭の驚くほど残存する密教本堂と彫刻は、一時期「国宝めぐり」というコンテンツで若狭の観光を支えていましたが、それもどんどん減少傾向です。

もう一度見つめなおしたいですね。若狭の神仏習合と密教文化☆
そして、多田ヶ岳とそれを鎮める神仏への祈りを大切にしたい・・・


ちなみに多田寺のお薬師さんの出張情報

 「若狭多田寺の名宝」展

 くわしくはホームページを⇒
龍谷大学龍谷ミュージアム

会場の龍谷大学龍谷ミュージアムはすばらしいお堂です。
ぜひ足をお運びください。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

小浜の熊野信仰

山伏ネタ☆

若狭の修験については、多田ヶ岳と飯盛山の周辺、およびちょっと新しくなると後瀬山の周辺にみられることは、度々ブログで書いていますが。
今日は熊野信仰について。

小浜で熊野信仰といってピンとくるのは中名田地区です。神仏習合の里としての村づくりの動きもあり、若狭坊もお手伝いさせていただいてきました。

ここは、昔、田村といわれました。
現在、上田と下田という区に分かれてますが、もともとは田村の上と下です。

坂上田村麻呂が開発した地として知られ、田村薬師といわれる田村麻呂開基の伝承がある仏さまが近隣の信仰を集めていました。その関連神社として熊野神社が狭域に集中しています。これらの社寺は、密接に関連しながら成立していったのでしょうね☆「蟻の熊野詣」と例えられた平安時代の信仰が、京都から北への玄関である若狭おばまに広がっている様子が回想されます。

多田ヶ岳周辺は、在地信仰と渡来信仰、畿内信仰の融合による日本を代表する神仏習合のにおいを感じますが、飯盛山周辺は、成立途上の熊野信仰と修験の受け入れをより感じます。


注目されるのが奥院といわれる熊野那智神社。
山麓の上田区には上宮と下宮があり、小屋区にもあるのですが、この飯盛山中腹の神社はすごい。
磐座に食い込むようにあります。

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古代からの自然崇拝と融合したすばらしいお宮です。
棟札などをみると岩屋大権現として信仰されていたよう。
だから山麓は岩屋谷がなまって岩井谷というんですね。
山麓には山伏屋敷の伝承もあり、行場の滝もあります。
いにしえの飯盛山の修験を回想できます。


このお宮には、破損仏ですがすばらしい方々がいらっしゃいます。

岩井谷十一面

本地仏の十一面さん。
平安時代、都づくりの壇像風。すばらしいです。完全に残っていれば重文ですね。

蔵王権現

修験といえば蔵王権現さま。
こちらも平安仏。残っていれば・・・です。全国でも古い蔵王権現さま少ないですしね。


懸仏

こちらも当神社に残っていた懸仏の破損です。

そうそうもちろん不動明王さまもいらっしゃいます。

不動明王

すごいですね。


ちなみに、山麓では行者講もしっかり残っています。
夏に「おかわ」といって、田村川で水垢りしてから、小村山の山頂の行者堂にお参りしています。麓には田村薬師さま、川を挟んで正面に岩屋大権現さまと飯盛山を遥拝できます。しっかりした立地ですね。

小浜の神仏習合を示す大きな遺産群です。大切に守っていってほしいものです。


なお、小浜には熊野という区があります。
また、市内全域に残る稲作祈願の「ツクリゾメ」という民俗行事では、神社から牛王紙をさずかり、これに土をつけて竹ではさみ田んぼに立てる風習がたくさんあります。

多田ヶ岳山麓の社寺群もそう。
飯盛山の山麓もそう。
それに囲まれた若狭おばま全域が、熊野や吉野と密接にからみあう神仏習合の里なのです。でも、それは単なる熊野や吉野の神仏習合信仰の受け入れではないのですよ。吉野や熊野の神仏習合の成立と時を同じくして、若狭には特徴的な神と仏の信仰融合があって、日本を代表する聖地ともいえる場を多田ヶ岳周辺に形成しています。
奈良の都からみて、南の吉野熊野、北の若狭なのです。



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現代に求められる日本文化「講」は?

子どもたちと「お茶」「お花」という伝統文化を、短歌という伝統文化の世界で生きた山川登美子さんの生家で体感した週末。

改めて「日本文化の継承を!」と思ったのですが・・・

今、若狭おばまで衰退しはじめているのが「講行事」。
信仰的なものがほとんどで、いまもかなりの数が残っていますが、簡素化や社会変化によりなくなりつつあります。

日本人は信仰を観点に寄り合い、扶助し合いながらながら生活してきました。
安心安全をみんなで祈り、自然の幸を食し、世間話をし、いろいろ楽しむ。

この生活。大震災以降注目されています。個人主義でない相互扶助的日本人への回帰です。

若者にしたらめんどくさいだけのものなのでしょうが、「伝統文化を継承する」みたいな重いものでなくていい。地域でよりあい、地域で楽しみ、地域の未来を考える「新しい講」をつくっていければいい。

例えば、わたしたちが地域で行っている耕作放棄地解消運動「くぼたん米舞倶楽部」☆
こちらは、現代版の講なのでしょう。定期的にあつまって、作業して、飲食して楽しむ。
情報交換もすれば、未来も語り合う。
「米作講」ですね。
昔の米作は「講」とは別の「結」という組織ですが、こちらは単なる労働の相互扶助かな。


ちなみに、まちづくり巨匠APECさんの「講」の新提案はこちら!

その名も「オバマージャン」

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高齢者向けのコミュニケーションツールとして開発されました。

団塊の世代で仕事一辺倒だったひとたちも、地域コミュニケーションからかい離しているしね。
なにより、楽しく、解りやすくという中での寄り合いの場づくりです。

平成版の小浜の講として定着し、二〇〇年後には民俗文化財になっているかもしれない(笑)

かなりでかいパイなんですよ。

興味のある方、WACおばま事務局までね☆


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伝統文化子ども教室発表会


秋の山川登美子記念館☆

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ただいまツワブキの黄色とドウダンツツジの赤のコントラストがお迎えしてくれます。

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明治時代のすばらしい建築。そして、歌の世界に短い生涯を貫いた「しろゆりの君 山川登美子」を顕彰し、文学館として公開しています。日本文化のすばらしさが体感できますよ☆

さて、子どもたちにはどんどん伝統文化を体感できる機会が少なくなってきている。

日本文化に誇りをもち、日本らしさを考える機会を少しでも・・・
ここにも神仏に対する祈りが隠れています。

今日は、約半年間「お茶」と「お花」を習ってきた子どもたちの発表会を
国登録文化財「山川登美子記念館」を会場に実施しました。

朝から子どもたちが花をいけてくれました♪

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登美子の雅号である白百合をテーマに可愛く素敵な作品になりました。
まだ数日展示しますから、お近くのかたはぜひどうぞ

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その後は、お茶会を開催。
みんながんばりました☆

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素敵な会場で♪

すてきなイベント♪♪

子どもたち主体の♪♪♪


いろいろな文化を受け入れることは大切です。
日本人はそうして文化を創出してきました。

でも、そこには日本文化を大切にする心もありました。

すこしでも日本を感じることができたかな?

日本を大切に思い、新しい日本をつくっていってね☆☆

ようやくカニパーティー

3日前にカニ解禁。
仕事で食べられず冷蔵庫に眠らせていたズワイガニ(メスのセイコガニ)。

このメスのカニ。山陰から丹後・若狭では「こっぺカニ」といいます。
意味は??多分、お尻とか子持ちとか小粒というような語から来ているのでしょうね。
異国の越の国へ行くと「香箱カニ」というようですね☆

小浜では、昔は子どもがバリバリおやつで食べていたようですよ。
いまはごちそうですよね。カニ漁がおこなわれる町では、いわゆるオスの
ズワイよりも、こちらを好んで食べるのですよ。
外子♪ 内子♪♪ ミソ♪♪♪ サイコー☆☆

さあ、晩酌のお供にいただきま~す。

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カニっていつから食べられていたのかな?
万葉集には出てくるのですが、たぶんズワイじゃないだろうしね☆

いま良く言われるのは西暦1500年くらい。
若狭の守護大名、武田氏とも懇意であった京都の公家、三条西実隆の
日記には越前蟹が出てきます。

漁としては江戸時代中期くらいから隆盛するのでしょうね!

『日本山海名産図絵』の若狭鰈網の項では、「漁の網にカニが混在する」
と注記されています。

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主役:若狭かれい
脇役:かにさん
の構図です(^。^)y-.。o○

若狭はこれからカレイのシーズンです。

カレイもおいしいですよ~♪


若狭坊のブログなのでちょっとだけ歴史と神仏。
わたしが大学に通っていたころ、住んでいたところの近くにあったお寺。
京都府木津川市の「蟹満寺」

すんごい仏様がいらっしゃいます。白鳳期の銅造釈迦如来坐像さま。国宝です。

このあたりは、古代、蟹幡郷であって、その意味は「渡来人の養蚕の地」です。
寺院も、今は再建された新しいものですが、古代の寺域は広大であったことが
発掘調査で判明しています。

「日本霊異記」や「今昔物語」にある仏教説話の「かにのおんがえし」の伝説
のお寺です。

若狭坊は、心をこめて「いただきます」と南無南無しましたとさ。

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熊川宿と小浜西組

福井県には重要伝統的建造物群保存地区が二カ所あります。

若狭町熊川宿と小浜市小浜西組。


情緒豊かな三丁町
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前川で輝く熊川宿
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鯖街道起点の城下町の町並みと、京都へ向かう鯖街道の宿場町です。


昨日は東京からお越しのお客さんを囲み、熊川宿と小浜西組の住民で
懇親会を開催しました。

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近年の全国の伝建地区の状況をわかりやすく解説していただきました。

その後、熊川の会長さんの相変わらずの熱弁の発声をもとに酒宴へ(^O^)/

重伝建をつなぐ鯖街道・・・みたいなまちづくりを進めたいな。
近い重伝建でも性格の異なるまちなみだから楽しみ方はいろいろだしね。

お客さんと先生方とは有意義なお話もできたし、熊川の方とは連携イベントについて相談しました。先輩格である熊川のパワーはすごいです。西組も見習わないとね☆

終了後、お客さんと先生方と二次会。
仕事上も人生の上でもスキルアップできる楽しい会。

同僚や後輩も意識をもって出てほしいものです。

仕事と割り切るだけでのものでは、まちづくりはできない現状になってきていますから・・・

テーマ : 建築
ジャンル : 学問・文化・芸術

神仏への祈りと食

小浜には多くのまちづくり団体があります。

小浜のまちづくりのトップは「食」
「御食国若狭おばま」です。

これを担う団体に「御食国若狭倶楽部」というすばらしい団体があります。

その報告機関雑誌『かにかくに』

とても面白い報告や論文・エッセイがあります。
みなさんぜひ読んでください。

  くわしくは ⇒  御食国若狭倶楽部

まもなく最新刊が刊行されます。

若狭坊のエッセイ??を早出ししておきます。


神仏への祈りと食

 御食国と呼ばれた若狭国は、現在でも民俗文化財の宝庫といわれるほど、まち・海辺・中山間地域と、その場所を限らず現代生活に密着した祭り・年中行事を守り伝えている。また、その拠点として栄えた現在の小浜市域は、地方都市としては稀有なほどの社寺に抱かれ、特に日本を代表する初期の神仏習合遺産が伝承する地域として知られている。
 なぜ、これらの遺産が全国でも稀有なほど若狭には伝えられているのか。それは大陸や日本海諸国と奈良・京都を繋ぐ文化交流の拠点であったことが一つ。もうひとつは、御食国として豊かな食材を生む自然への崇拝が、文化の変遷に流されることなく生活に溶け込んで、今に継承されているからに他ならない。
 現代の日本文化では、神仏への祈りは厄払いや先祖供養に大きく傾倒しているものの、そもそもの祈りは自然の中に生き、脅威や恵みをもたらす八百万の神仏に願いをかけるものである。これが、海・山・川に囲まれ、神仏を慈しむ日本人らしい「人と自然との共生」なのだ。高度成長期に忘れられつつあった日本人の根源。今再び、日本人に戻ろうという意識が知らない間に芽生えている。団塊の世代の登山ブームは「神仏」を感得する山への回帰であり、小浜市が進める「食育」には、自然の神仏に感謝する「いただきます」の精神が欠かせない。日本人らしい生活を探すとき、神仏への祈りが必ずどこかにある。
繰り返すが、若狭小浜は全国でも類をみない社寺密集地域である。そして、これらは文化財という単なる建物や場所として残されているだけではなく、地域住民と一体となった信仰空間の一部として、生活と密接に関わりながら残っていることが大きな特徴なのだ。だからこそ民俗文化財の宝庫と言われるほどの年中行事や祭りが伝承されている。まさに日本文化を象徴している地が若狭小浜なのである。
神仏への祈りは自然への祈り。自然がもたらした産物は神仏の前に捧げられる。神仏の前では人々が集まり、それを祈り、祝う中で産物料理をいただく。神仏を祈る行事には、その地域、その季節を代表する食材と料理が必ずある。「神仏をまつる社寺」、「祈りの民俗行事」、「それらを繋ぐ食文化」。これらが一体となり、御食国若狭おばまの文化を特徴づけている。
 小浜市では、継承が危ぶまれる民俗行事の把握と、これらの伝統行事と密接に関わる「食」の調査を、住民・専門家・行政の協働でようやくスタートさせた。海辺で山の神を祀る時、お供え物には「おこぜ」を用いる。女神である山の神が嫉妬しないように。山間部で山の神を祀る宴では、通常の宴で「白和え」を食すのに、この時だけは「青和え」をいただく。野や畑の青物の豊作を祈願して。市街地の祭礼では、親戚に「焼鯖」を配る。安い、旨い、腐りにくいの三拍子が揃っていたから。特に中山間の人々には喜ばれた「おもてなし」だろう。これが小浜と深く繋がる京都に行けば鯖寿司の振る舞いになるし、神饌物にも塩鯖が用いられる。民俗行事と食は面白い。調査は始まったばかり。これほどの祈りの世界を持つ若狭小浜であれば、豊かで貴重な「食文化」が必ず見えてくる。
 御食国、鯖街道というメジャーな歴史事象だけでなく、生活に密着した当たり前の歴史の中に、わが国を代表する食文化が表出し、これが食のまちづくりを進める小浜の無二の存在になってくるだろう。和食が世界遺産や健康管理で注目される今だからこそ。
 食のまちづくりもスタートから十年。その根底には他地域が真似できない深い食の歴史がある。御食国、鯖街道の歴史は、食材を生む地域という浅いものではない。若狭の食材加工技術の歴史でもあり、六次産業化を目指す地方都市の中でも、歴史を背景とした群を抜くブランド力を持つ。小浜の豊かな社寺建造物・民俗行事・食文化は、忘れかけていた日本文化を求める人々との交流による新たな観光まちづくりに繋がる可能性を秘めている。今、日本人が求めているものが小浜の食のまちづくりに眠っている。神仏に感謝。

  (C)若狭坊

テーマ : ☆北陸(富山・石川・福井)の情報☆
ジャンル : 地域情報

イベント屋からそろそろ研究者へ

書き込みに時間が空きました。

なぜかというと・・・ちょっと体調こわしてまして・・・
体重2㎏減りました(+_+)

季節の変わり目。
さまざまな秋の活動に動かれた方は疲れのでる季節。
みなさんお気をつけくださいね。


さて、若狭坊も今月でイベント地獄から脱却!!
そして、まちづくり・仲間ネットワークの醍醐味でもある忘年会地獄に突入していきます(笑)


そして、ちょっと余裕を見つけて、研究会にも出席していきます。


【石造物研究会ー北陸の石造物ー@富山】
11月23日(金)、24日(土)
若狭坊の研究テーマをくすぐる会。
でもあんまり報告内容に興味ないので行かないかも(笑)
行くとしても23日は小浜市駅伝大会なので24日のみですね!


【関西近世考古学研究会@大手前大学さくら夙川キャンパス】
12月1日(土)
午後1時 受付開始
   1時25分 開会挨拶     大手前大学史学研究所長  櫃本誠一

   1時30分 報告1 「遺跡から見た近世京都の町屋敷」   内田好昭
   2時10分 報告2 「中世・近世の奈良町遺跡の宅地」    中島和彦
   2時50分 (休憩)
   2時00分 報告3 「大坂城跡・大坂城下町遺跡に見る
町屋遺構の変遷」     渡辺晴香
   3時40分 報告4 「伊丹郷町における町屋敷の変遷」     赤松和佳
   4時20分 (散会)
12月2日(日)
 午前 9時 30分 受付開始
    10時00分 報告5 「赤穂城下町跡における町屋敷地の変遷」 荒木幸治
    10時40分 報告6 「江戸、町人地中心部における町屋の様相」 仲光克顕
11時20分  (昼食)

 午後1時00分  講演  「中世から近世の町屋敷の形」       松尾信裕
   2時00分 (休憩)
   2時10分  討論  (司会)  川口宏海
  嶋谷和彦
3時30分  閉会挨拶    関西近世考古学研究会会長     森村健一
   3時35分 (散会)
紙上報告        「堺における屋敷地の変遷」        永井正浩

※ 中近世の都市形成を研究している若狭坊には、かなり興味のある内容なので全日程出席したいのですが、1日は中名田の茅刈り取りのボランティアがあるので2日目だけ出席です。夜は体協忘年会なのでしっかり間に合うか心配(笑)


【1617会 多賀敏満寺見学会】

1月12日(土)9:30~
近江の多賀大社の近くに栄えた中世寺院敏満寺の跡地を歩きまわる見学会。

若狭坊の心を一番くすぐっています(笑)
午前中に座学少々あって午後はひたすらてくてく見学!
お昼は多賀大社で南無南無ですね☆


ちょっと脳に刺激あたえ、神仏のパワーをいただかないとね☆

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

小浜らしい文化財を未来へ

文化財には種類がたくさんある。仏像や建物や絵画や遺跡がわかりやすいかな?

よくホントに文化財?と聞かれるカテゴリーに「天然記念物」があります。
貴重な動植物や鉱物がこれに当てはまります。

一般的な文化財の国宝にあてはまるものに特別天然記念物が。

動物でいうと「オオサンショウウオ」や「ニホンカモシカ」がこれになります。
植物でいうと例えば「屋久島のスギ原生林」などです。屋久島は世界遺産ですが。

ちなみに年に一回くらい、若狭坊はニホンカモシカの死体処理をして文化庁に報告書を提出しています(笑)

若狭小浜にも指定天然記念物がいくつもあります。
数年前には、国指定天然記念物の「小浜神社の九本ダモ」が枯死・指定解除という残念な話もありました。

さて、これまでの文化財指定は、古いもの、貴重なものが中心でした。
だから、天然記念物では希少価値のある動植物、大きな樹木などが主体となってきたのです。

でもでも、地域には地域の歴史に密着した動植物があります。
地域の景観構成要素の主体となり、歴史や伝承に名を刻むものがあります。

実はこの方が地域の方に大切に守られていたりしますよね。

若狭おばまでは、このようなものを指定文化財として守っていこうということで、歴史文化基本構想という計画に記されています。

その一つ。

二本の大木が並ぶ「東相生のいちょうとかつら」

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いちょうは、まだ紅葉しかけですね。もう一度ちゃんとしたカメラ持っていかなければ・・・

割といちょう・かつらは大木になるので、これまでの指定基準では見向きもされていなかったのですが、この木にはいろいろな歴史があります。

そして、この集落は「桂木村」(現在は東相生)といい、集落の名前にまでなっているシンボルツリーなのです。

反対からの写真では、かつらが見えます。

NCM_0789.jpg


一〇年ほど前に雷で折損してしまっています。大木であっても、こんなのも今までは指定文化財にはなっていません。

でも、地域の宝で地域に守られている。樹下の綺麗な祠がそれを物語っています。
ここにも神がいらっしゃる。南無南無。

そして、この二本の大木は、小浜から京都へ向かう旧丹波道(周山街道)の目印でもあったろう。
西行法師も通り、周辺にも故事が多く残っているんですよ。

鯖街道を往来した人々を見つめてきた木なのです。


地域に密着し、地域に信仰される樹木。
旧街道の景観構成要素として貴重な樹木。

これだけで、小浜らしい文化遺産といえます☆

二〇〇件以上ある指定文化財の紹介もそうですが、
これから、このような地域遺産どんどん紹介していきますね。

ブログネタ。まだまだ満載だ(笑)

南無桂木大明神!!



テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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