町家deフェスタ☆サイコーでした

日曜日は「小浜西組重要伝統的建造物群保存地区」の三丁町周辺で、町家deフェスタというイベントが開催されました。

庚申堂さんの縁日にあわせ、庚申堂世話人の皆さまはお参りの皆さまの対応と名物こんにゃくの販売。

小浜西組町並み協議会とボランティア有志は、門前で飲食物の販売と子ども縁日を開催。

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竹と簾の手作り出店がいい雰囲気です。

飲み物、やきとり、何より手作りおにぎりが、ちょー美味でしたよ♪

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若狭坊は、がきんちょまつりの対応をまちづくりの巨匠APECさまと対応でしたが、あっち行ったりこっち行ったりで…。APECさんごめんなさい。

子どもたちと空き缶つみやけん玉、コマ回し、竹トンボつくりなどを楽しみました。

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若狭JCの皆さまは、本通りの方で町家を開放したギャラリー展示や体験イベントを実施。

ギャラリーをご覧いただく浴衣でスタンプラリー。おしゃれなcafeで一息つく方、三味線の体験をされる方、語り部さんによる歴史文化ツアーなどさまざまな楽しみ方が提案され、子どもからお年寄りまでのいいイベントでした。

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このようなイベント。目的がそれぞれ違うからスタートさせるのが難しい。

地元のみなさんは、地域に住むものとしての活性化を望む。そこに表だった「観光」というものはない。
何度も語り合い、マスタープランにつながっているから良く分かっている。
今回の事業もその一環なのです。

市内の若手のみなさんは、小浜の活性化を望む。そこには、小浜らしさの観光プログラムと経済効果がある。
「小浜を元気に」が全面に出る。


でも西組の活性化、小浜の活性化を望むのはみな一緒。まずは、みんなで楽しみながら「よかったね☆」といえるのが一番ですね。

地域が楽しみ、そこに観光客が融合する新しい「観光交流」の取り組み。

ボランティア事業とはいうものの、このような実証効果や人と団体のコーディネートというのが、これからのまちづくりを進める過程で大切なのは間違いない。若狭坊もがんばらなくては。

外からの刺激はまちづくりをいい方向に増幅させていくことが多いからね。

でも、ボランティア、仕事、家庭、そしてこれらを支えてくれている仲間との付き合い。
結構たてこむとしんどいもので…。どれもおろそかにできないから。

すべてをクリア(どこかに負担はかかるが…)し、一生懸命な人(個人的な見た目評価より、個々は一生懸命やっているものです。)の悪口を言わない!!
が、今現在の若狭坊のちいさな目標でもあります。


ちょっと、夏バテ気味ですが…(汗)
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重伝建地区写真パネル展


暑い・・・といっても涼しくなるわけでもないからやめとこう(笑)

今日から小浜西組重伝建地区の町並み保存資料館と料亭酔月で、全国の重要伝統的建造物群保存地区
の町並み写真展を開催しています。

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修理・修景で素敵になったすばらしい町並みばかりです。

小浜西組を歩き、さらに全国の古い町並みを散策した気分に浸ってください。


さて、
小浜西組の中にある堂復興40年目の大祭を控えた庚申堂さん。

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周辺の町家には「くくり猿」さんがいっぱいです。

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日曜日にはぜひ「町家deフェスタ」と庚申堂大祭、写真パネル展へ。

庚申さん名物のこんにゃくと生ビールをお楽しみあれ!

町家deフェスタpart2

今週末、29日(日)にいよいよ開催!!

町家deフェスタ

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主な出し物
 食べ物
   名物こんにゃく・フランクフルト・かき氷・焼き鳥
 飲み物
   生ビール・ジュース・健康梅しそジュース
 ゲームなど
   子供ゲーム・竹とんぼ作り・駄菓子屋
 散策
   隣のレトロ、ゆかたdeぶらり(スタンプラリー)、町並みライトアップ

なお、語り部さんによる

  「お祭りと古い町並みの散策ツアー」

は、13:30~、15:00~の2回あります。

お待ちしてま~す。

窪谷探索とバーベキュー


すでに10年以上続いている村づくり企画です。

地域の歴史や文化を知り、再発見するウォーキングをして、バーベーキューをするという7月のくぼたんの三世代交流行事。

今年は、古くから文化のつながりがある加斗地区の飯盛寺から窪谷までの文化の道ウォークでした。

ちなみに
この道は、窪谷の勝願寺の別当を務める飯盛寺さんとの行き来の文化の道。

炭焼きやケイ石採掘で近代まで行き来があった道。
子供の行き来もあったみたいだし、小浜に出るより、ここからおおい町の本郷に買い物に行ったりもしたようだ。

でも、今は道らしい道も残っていない。


ので、今回は窪谷からバスで飯盛寺へ。
ここから林道で尾根まで出て。
さらに、尾根道を窪谷に帰るという約3時間のコースに20名弱の参加。

まずは朝から重文の飯盛寺本堂へおまいり。

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若狭坊の簡単な説明のあと、みんなで南無南無してスタートしました。

尾根上まではきれいな林道をひたすら登り、途中に見え隠れする小浜湾を眺め深呼吸。

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山上尾根を若干歩き、今度は道なき道の尾根をひたすら下山。

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そして到着後はみんなで楽しいバーベキューを夕方まで。
ちなみにウォーク参加者は20名ほどでしたがバーベキューになると倍以上の参加者に膨らんでました(笑)

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今回はおもしろい発見がいくつか…

一つは地名。地名は必ずすばらしい歴史を刻んでいるのですが、高齢のみなさまの会話の中にちらほら出てくるんですよね。
「ガヤ尾」「ガヤ谷」・・・ガヤの巨木があったか?山茅の栽培があったか?対外交流の伽耶か?
「年貢道」・・・・・・・・中世の谷小屋城にいた寺井氏はこの山をはさんだ窪谷側と飯盛側を領有していたから、それに伴う道なんだろうね。
「ひみせん、すみせん」・・・だれも由来は知らないようですが、須弥山とすれば信仰の山ですよね。その地盤は十分にあります。旧家の方は、このあたりから地蔵さんが連れて帰ってと叫んでいたので、これを持ち帰り自宅にまつられています。

二つ目は城跡。
今回の尾根は、谷小屋城に続いている(かなり離れているが)のですが、小さな郭を新発見しました。
小さいながら、壮大な堀切で区画し、郭はL字状の土塁を巡らします。

見張り台のような支城なんでしょうが、造りがしっかりしすぎてるし、周辺にはもっとあるのかもね。

ちなみにくぼたんは、谷小屋城だけが注目されてますが、城ヶ谷やシロツバキなど、城に関する地名もたくさんありますしね。

600年から500年くらい前のくぼたん。
もっとも栄えていたのかもね。

市蛭子さんのお祭り

昨日は、ちょっとした地域づくりのイベントの打ち合わせを・・・
小浜商工会議所の街づくり委員会のみなさまと。

このような連携で、どんどん無駄を省き、情報発信を効率化し、かつ事業効果をどんどん相乗していければと。
どんどん人のネットワークが出来ていく。

幸せな限りです。


さて、会議が終わり、当然懇親会に行くわけですが(笑)


途中、今宮区の市蛭子大祭に遭遇☆

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昔ほど活気がなくなったと聞いていたがいやいや。
すごい人と熱気でした。

市場町としての繁栄していた町を彷彿させます。

実は小浜の町並みの中でも、若狭坊が一番好きなところです。小浜にお越しの際はぜひ。
なぜか、活気ある祭りを見ながら涙がこぼれました。

現在、小浜市で行っている「伝統行事と食」の調査!
すでに調査票が三〇〇枚提出されています。まだ倍以上出てきそうな勢い。

祭りや民俗行事、食文化。しっかり調べて、大切さを広報し、かつ小浜の宝として情報発信、
そしてツーリズムなんかに住んでる方と協働で結びつけていければと願っています。


小浜では本日二一日(土)は山川登美子記念短歌大会@働く婦人の家。
明日二二日(日)は一〇:〇〇~山川登美子記念館企画展ギャラリートークです。


若狭坊は、大阪開催の研究会出席と地域村づくりイベントのため出席できませんが、みなさまよろしかったら今週は小浜が生んだ近代歌人☆山川登美子の世界を満喫してください。

若狭人の会

FBページで「若狭人の会」を立ち上げました。

さまざまな仲間と手を握って!いきおいでスタートしました(笑)

私のFBからも様々な方に招待を​させていただきましたので、よろしくお願いします。

イベントや写真などの共有、また、意見交換や個人や団体のつ​ながりができると良いよね☆
皆さんからも、いろいろ​な投稿をお待ちしております。

合言葉は「若狭は一つ」
今こそ、若狭人が一致団結して、未来を考えていく時期ですから。

町家deフェスタ


7月29日(日)

小浜西組重要伝統的建造物群保存地区の三丁町周辺で開催される

「町家deフェスタ」

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地元の小浜西組町並み協議会と若狭青年会議所のコラボ企画です。


市内作家の作品やレトロ民具などを町家に展示したスタンプラリー☆

庚申堂大祭では、名物こんにゃくを食していただけます。

子供ゲームや多彩な屋台も出ます。

若狭坊もボランティアで参加していますよ~♪

ぜひ、浴衣を着てお越しください。夜は行灯による町並みライトアップもありますから。

若狭三十三カ所観音霊場

小浜公園横駐車場(人魚の浜西駐車場)に出来た新しい看板!

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お~っ!


小浜の霊場は制覇しているが・・・

その他、若狭の諸観音は・・・


これじゃ駄目だね。西国、四国の前にまず足元からだね。
観音経南無南無で。


ちなみに小浜で外せない観音さんを列記。

羽賀寺十一面さん(国指定)
妙楽寺千手さん(国指定)
高成寺千手さん(国指定)
大智寺十一面さん(県指定)
長福寺十一面さん(県指定)

などなど・・・

まだまだいっぱいあるんだけどね(^O^)/

ボランティア・地域活動の難しさ


三連休もほとんど昼間は仕事で。

夜は土日曜日と地域のソフトバレーボール。

月(祝)は会長杯ソフトボールでした。


で、ソフトバレーで理事長(実務の長)を務める体育協会の前半行事がほぼ終わったのですが。

実行部隊の数人から不満がでましてねぇ。

用は積極的に手伝わない、用事がないのに連絡せんと欠席する、みたいな不満です。

不満をいう彼らは本当によく動きます。段取りも任せておけばバッチリです。
でも、私から見ると人への気遣いにかける部分もあります。
でもでも、彼らは人一倍気遣いができると自負しています。

これは自己評価ではなく、受けた人の評価なので今は置いておきましょう。

ボランティア・地域活動をすると必ずこのような声が聞こえてきます。
同役員である他人への批判の声(自分の行動に自信?があるから出る言葉ですが。)。

私、これが一番いやで、いまちょっとヘコンでいます。

ボランティア活動ですから、出れるときに一生懸命やってもらえればいいです。
そういう人選で今まできています。
主要メンバーは精鋭です。いずれも動くときには動く。信頼できる仲間です。


だから…仲間なのだから…批判はやめようね。
言いたいことはよくわかるから。君たちは一生懸命してくれているから。

ボランティア・地域活動はみんなで楽しみながらやってナンボだよ。

そのために、不満でないようにということでの気遣いでの批判だというのもよくわかる。


でも、人はそれぞれ。

そういうことばかり言っていると、他で同じようなこと言われる小さい人間になるんだから。
「理解と寛容」が大切なんだよ。
人付き合いの大人になってください。今後、人の上にたつ人間になるのならね。


仕事とボランティアは違うのです。

わたしも仕事であれば強く引っ張るでしょう。

でも、今は

地域の交流促進、スポーツ振興のために楽しくやりましょうな!!!

恒例のバスガイド



昨日は婦人会ご一行とともに小浜の文化遺産めぐりバスツアー!

もう6回目くらいになるかか?今年もバスガイドを務めました。


コースは、旧古河屋別邸⇒小浜城跡⇒旧旭座⇒常高寺という昼過ぎまでのコースで、最後は常高寺で美味しい精進料理をいただいた。

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北前船船主、古河屋が藩主を迎えた別邸。今は管理する旅館の宿泊客のみが観覧できる。

あわせて、旅館内や旅館前の船頭屋敷も見せてもらった。

正直、他の都市にいけば観光のメインになるようなところだ。
婦人会のみなさまも、もっと観光ルートに取り込むべき、旅館のPRに力をと一致した意見。

若狭坊が気になったのは旅館内にコレクションされた若狭瓦の一群でした。
資料的に少ない江戸時代の棟瓦群と小浜城の瓦でした。

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次は小浜城跡

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ここでは城の歴史よりも「小浜城の三不思議」をご紹介!
「八助稲荷」をアスリートの聖地に!というご意見も。

このような女性の意見を大切にしたいですね。
オリンピックイヤーだから、もっとはやく広報に取り組めば、まちづくりの目玉だからね。

旭座見学では説明に入る前に「私これ移転復元絶対反対」という大きな声。

理解いただけるよう、必死に語る若狭坊でした。

常高寺では、美しい庭と江戸時代の障壁画に囲まれ、江戸時代の膳で精進料理をいただきました。

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とっても美味しかったぁ~☆

ちなみに予約制。20名までいけますが、寺の用事があるときは予約不可です。



終わって浜辺を散策!

多くの海水浴客と音楽イベント開催中。

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海辺にはリゾート。
一歩、町に入れば歴史文化。

これが小浜だよねぇ~。

天上の恋☆地上の愛


というタイトルの特別企画展を明日から山川登美子記念館で開催されます。

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恋・愛をもう一度考えてみたい方。
ぜひお越しください。

恋・愛などを深く追求することができない若狭坊の仕事なので不備はあるでしょう(+_+)


でも、山川登美子さんの短い人生。
短歌に秘められた思い。

多くの方に知っていただきたいです。

今年も満行です!

七日から九日にかけて吉野へ行ってまいりました。

「金峯山寺の蓮華会」です。

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七日早朝に若狭小浜を出発し、昼前に吉野着。

恒例の勝手神社前、「静亭」でお食事。
フェイスブック友達の若女将と談笑です。
年に一回のうるさい客をホントに丁寧にお迎えいただき感謝!感謝!!
毎年、優しくお迎えいただいているのに彦星はなにも与えることができません。

若狭坊は若女将の笑顔で毎年お山に行けることができます。

さて、
蔵王堂についた頃。大雨(*_*;

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白丁に着替えてようやく小雨(*_*;

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なんとかビニールをかけていただき出発したのでした・・・

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この日は最初のポスターにもあるように蓮華会というより「蛙飛び」という方が通りがいい。
蛙御輿の横をすり抜けていく蓮華御輿です。

御輿が出発する三時頃には雨もやみ。

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無事蔵王堂に蓮華をお供えすることができました。
蓮華会法要が終わると、いよいよ蛙飛び行事。
今年も、多くの行者や参詣の皆さまの前で、無事に蛙から人間に戻ることができたようです。

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翌日は三時起床で入峰。
入峰修業なので写真撮影していませんが。

今年は大天井ヶ岳の横駆けの巻き道が崩落のため通行不可で、小天井、大天井踏破ルート。
中間地点での厳しい直登と下りは体に堪えました。

大天井からみると…

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写真の奥からず~っと尾根を歩いてきたのです。
そして…同じくらいここから山上ヶ岳まで行くのです。みたいな感じです。


そして無事に山上本堂で勤行後、時間がないので大護摩には出仕せずに洞川へ下山。

みんなで楽しく精進落し。夜遅くまで。


翌日はツタンカーメンと二条城を南無南無して帰りましたとさっ。

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さあ、
また一年間。山よりつらい里の行が始まりました。

蓮華会峰入り準備

七日から奈良吉野へ。


毎晩、仕事系会議・体協・野球などがあるので、せっせと夜中に準備中。


七日は吉野金峯山寺の蛙飛び行事に参加。
八日は終日奥駆道を吉野から山上大峯山寺へ二四㎞練行します。
あわせて金峯山寺の蓮華会といわれ、奈良県指定無形民俗文化財。
修験者の伝統ある行事です。

小浜への帰還は九日の夜になります。
このブログUPでしばらく音信不通になりますのでよろしく(^O^)/

準備。
鈴懸衣(すずかけい)と浄衣、手甲脚絆(てっこうきゃはん)、頭襟(ときん)。

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鈴懸は修験の入峰の法衣です。山袴+白地下足袋は山を歩くのに快適装備です。
鈴懸は曼荼羅や五鈷鈴を表しており、諸仏に守られながら行じることができます。
わたしの浄衣は護持院桜本坊のもので、神変大菩薩さまとお不動さまが刷ってあり、山上のご朱印をいただいております。
手甲脚絆は大切な手足を守ってくれますし、頭襟は頭も守ってくれます。
頭襟は一二のヒダがあって大日如来さまの五智の宝冠を表しています。



結袈裟(ゆいげさ)に引敷(ひっしき)に螺緒(かいのお)。

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このボンボンが山伏!ですよね。天台系はこの結袈裟なんです。色によって在家や出家、
階位などがわかります。
引敷はお尻あて。峰中で座るときお尻を守ってくれます。獅子に乗って法性に入ることを表しています。
螺緒は、両腰にもつ非常時のザイルですね。



錫杖(しゃくじょう)と最多角念珠(いらたかねんじゅ)と斑蓋(はんがい)。

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修験者の行には欠かせません。私の錫杖は古物商で一目ぼれした大正期ころの古い品。
念珠は普通の梅製品です。そろばん玉なんですよ。斑蓋(桧笠)は雨日よけ。母の胞衣(胎盤)を表しています。
笠は自家製の柿渋を塗布して、防水・耐久を高めています。
日本の伝統建築や産品には昔から使われている生活の知恵ですね。

法螺は法螺師でないので持っていきません。

さあ準備万端!!

九年目の蓮華入峰。いいお行となりますように…

城から寺院へ

峰入りを数日後に控え、坐骨神経痛が強いので前行を取り始めています。

腕腰振り振り大股の寺社巡りウォーク六〇分から、まったりお散歩三〇分に変更。

大きく呼吸しながらのお散歩は気持ちいいです。
山・川・田園に囲まれた、すがすがしい空気がお出迎えしてくれます。

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毎朝菩提寺の興禅寺と産土神の若宮社にお参りしています。
若宮社はブログで何度か書いているので、今朝、興禅寺で気付いたことを少々。

小浜から京都へ向かう京道から坂道を登って山門・本堂・鐘楼・経堂などがあります。

これは山門。
京道から長い直線の坂参道を通った正面(写真は本堂への車道から斜めにとったもの)。

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江戸時代の寛政一一年の建立。
小浜にはめずらしく造作、彫物など江戸の華やかなものを伝えている。
小浜の社寺建造物は結構質素なんやけど。かなりの財力に支えられていたのだろう。
瓦は江戸末から明治初頭の感じ…。

山門から中を覗くと立派な一文字石垣。そして内枡形を形成します。


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中世城館の虎口ですね。
直線的に人を入れず、武者だまりを作ることによって攻め手を攻撃しやすくするもの。

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石垣は若狭守護武田元光の別所で菩提寺となった発心寺のものとそっくり。
中世末には城館だったのでしょう。交通の要衝を抑えているし。

この興禅寺。
川を挟んだ正面にそびえる谷小屋城の城主であった寺井日向守の菩提寺です。
室町期には京都で守護武田氏の外交官的な役割を果たした武将として注目されます。
一六世紀にには、在地武将化。争いの絶えなかった名田庄谷でも一勢力をもっていました。

江戸中期の文献では、当初の菩提寺は城に近い河川沿いにあって、洪水のために江戸時代の前半に今の地(街道から上がった高台)に移転してきたといいます。

たぶん当初は城館と菩提寺は分離していたのでしょう。
菩提寺が洪水で被災し、荒廃していた城館跡に移転したというのが筋道なのでしょうね。

まあ、素敵な城館跡なのです。

興禅寺。
享保頃には名田庄谷の曹洞宗を統括し、末寺二六か寺を数えた大寺院になりました。

昭和五九年、若狭坊が子供の頃。
本堂火災。

まだ中学生だった若狭坊。家から望む燃え上がる本堂、位牌を取り出しに走った父親の悲痛な表情が今でも脳裏に焼き付いています。

二年後には檀徒の喜捨で本堂は再建されたものの、今では無住となった菩提寺。

まさに「兵どもが夢のあと」です。

協働と地縁社会

7月になりましたね。

うす曇りの日の出30分前の朝焼けが一番きれいです。

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さてさて、

土曜日は「協働のまちづくり基本指針の説明会&講演会」に参加。

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心に残ったのは、やはりまちづくりには地縁組織の連帯が必須だということ。
ここに外的スパイスが入ると、大きなまちづくりへと発展していく。

地縁組織。日本を支えてきたものです。
伝統文化や民俗行事・年中行事はこれをつなぐ接着剤であり潤滑剤でした。

だから、まちづくりには伝統文化が大切になってきます。


さてさてさて、

日曜日は旧名田庄四ヶ村球技大会でした。
あいにくの天候で屋外競技は中止となり、バレーボール大会のみの開催。

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南川沿いの谷地域。小浜から京へ向かう周山街道沿い。
古代末から中世の名田荘文化圏の地域。

戦後の昭和の大合併の時、口名田村と中名田村は小浜市へ。
知三村と奥名田村は名田庄村となりました。

いまや、名田庄村さえなくなり、おおい町となっています。


それでも、親睦の年中行事として、人々をつなぐ大会。
いつまでも大切にしたいものです。

若狭坊が体協で活動する理由…

もちろんスポーツ好き。

でもそれ以上に人とのつながりができるから。一緒に楽しいことができるから。
いろんな活動からいろんなものを得る。そしてまちづくりに活かしていきたい。

昔からスポーツは人をつなぐもの。
民俗行事になっているものもあるよね。

「力石」なんかは若者の力比べだし。
「松上げ」なんかは玉入れだよ(笑)
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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