口名田半周ウォーク(総括)

地域には地域のいろんな宝がある。

その価値は地域で評価されるもの。

国が地方の文化財を評価したり、行政が地域の文化財を
評価するものではない。

しかし、いまの保護行政システムは「指定文化財」という
ものだから、単純に上から目線なのだ(^^ゞ

そこから脱却のため、地域の歴史を体系化して地域に根ざした
保存や活用を検討する「歴史文化基本構想」というものが生まれた。

地方分権が進み地域主権が確立する中、小さな地域での
歴史文化の位置づけは必ず必要になる。

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力石。
青年が集まって力比べしたもの。
すぐにでもまちづくりに生かせそう。

結構全国的にあったもので、全国の歴史から位置づければ
地域にも活力が生まれる。

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近代の顕彰碑。これは「小澤三左衛門」さん。
このような碑は気にし出すと田舎にはいっぱいある。

身近なまちづくりの先人・偉人として再評価すべき。
それが、地域のまちづくりを見直すきっかけにもなる。

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小さな泉を見守る地域の石仏にも、そこにしかない
歴史が隠されている。
もしかすると全国の歴史を塗り替えるような、アイテムを
隠し持っているかもしれない。

こんなものがいっぱいある。


小浜は、全12地区でまちづくり計画が策定されており、
このような地域の宝の拾いだしが終わっており、大切なもの
という共有認識は進みつつある。

太宰府市は「歴史文化基本構想」の中で、このようなものを
「市民遺産」として拾い出して、文化財の中での体系化を
試みようとしている。
あそこは文化財といえば太宰府天満宮や太宰府政庁跡みたいな
意識が市民にあったからだろう。
他にも町歩きのアイテムあるよ!!という市民団体の地域遺産
活動が芽生え「市民遺産」の提案となり、歴史文化基本構想と
うまくリンクしながら市民・行政の協働体制を確立し始めている。

小浜はまだ体系化しなくていいかな?
地域が頑張る過程にあるし。もう動いているんだよね。市民遺産。

それらが大切なものであることを、さらにスパイスで味付け
してあげればよいと思う。地域が動く地盤があるから。

市民遺産に大きく行政が関われば上から目線「指定文化財」と
同じになっちゃう。それと行政が関わるとお金が関係してくる。
昔から地域の遺産は地域で守ってきた。
それも歴史として考えなければならない。

ただすべてにおいて守ることが難しくなってくることは間違いない。
人口減は進むから。そこまでに保存管理の基本事項を決めよう。

小浜の歴史文化基本構想がダイナミックなところに行っている
のはこのような地域地盤が確立されているから。

改めて小浜の宝は「歴史文化」と市民全体で再認識して、活用
観光に進まなければならないから。

そして少子高齢の中での保存管理の一つの核として「食と民俗」
という地域に密着したものに注目している。

小浜って何もかんがえてへん。
もっと歴史文化という宝を磨いたらいいねん。できてへん。

っていうお偉いさんがいるけど・・・

地盤できてるし、口だけちがって、
それを言う「あなた」が一歩動けばいいだけなんですよ。

住んでる人は動き始めているよ。気づいてね!
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口名田半周ウォーク(その3・くぼたん)

ウォーキングは、わが村「くぼたん」へ。

明治以降の区名は西相生だが、それまでは窪谷村。

字のごとく窪んだ谷のちいさな集落である。
でも「元気な集落」「大酒飲みの集落(酒楽)」としても有名。

子どものころはこの集落の一番奥の方に住んでいた。
いまは一番口に引っ越ししている。

集落へは・・・・

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この崖と南川に挟まれた道を進む。
わたしの子供の頃は通学路だったが、今は川を渡り迂回している。
市に陳情しても安全対策とれないから。

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この道は近代に、地元篤者の寄付や運動により開拓された。
今も道路口に顕彰碑が残る。
「義をもってその道に達する。」とある。

地域を守るのは地域の人。地域に誇りをもち、地域が動く。
意外と、昔のまちづくりは協働や分権は進んでいた。
明治以降だね。行政への甘えがでてくるのは。

「おねげえします。お代官様」といっても江戸までは誰も
助けてくれなかったからね。高率税金払ってるのに。

いまも、地域に誇りを持ち地域でできることは地域で。
これは「くぼたん」では当たり前で。
この日も獣害柵を行政からは材料支給だけで、地域で設置するハンマーの
音が鳴り響いていた。

だから行政に関わると、行政ばかりにたよって特別何もしなくて、
一生懸命やっている人を批判する「まちの人」にはいつもがっかりする。

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秘境地には崖路だけでなく、吊り橋を渡って至る道もあった。橋脚が残る。

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窪谷川の親水公園。
三世代のアユつかみやバーベキューなどがショッチュウ行われる。
となりの小さなグラウンドでは「40年間運動会が行われている。」

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ちょっと解りにくいが山麓に小さな鳥居と祠。
上窪氏の氏神を祀り、11月に10軒弱の人があつまる講がある。

この氏神・地主株の講は、口名田や中名田で僅かに残っているが、
そのうちなくなってしまうのではないだろうか・・・。

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田村道の道しるべ。
中名田への道である。中名田の先へ行けば当然「京都」だ。

くぼたんの人は小浜町部よりも雅なのだ(^^ゞ

口名田半周ウォーク「その2・寺社」

小浜は海のある奈良と例えられ多くの社寺が残っている。

一説には137か寺。「いみがない」などと語呂合わせされることも((+_+))
意味あるんですがっ!!

今回のウォークでの社寺ご紹介。

まずは日蓮宗妙祐寺。

20111127しだれ

天然記念物に指定されているしだれ桜が有名。3月下旬から4月上旬が見ごろ。
地区民有志により「ライトアップ」や「しだれ桜まつり」が行われている。

20111127かね

鐘楼・経蔵などがセットで残るいい寺院。
梵鐘には市内金屋の「芝田孫左エ門」の銘が残る。
中世から鋳物が行われ近代まで連綿と伝えられた金屋の技術。
昨年、最後の作業場も解体され忘れられつつある歴史。
こういうものの再評価で歴史を伝えたい。

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高台の妙祐寺からは小浜の「龍」多田ヶ岳の秀麗な姿が。
北からみると長尾龍だが、こちらからは「山」ですね。

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ひっそり佇む薬師堂。
寺院だけでなく地域地域に小さな観音堂や薬師堂がたくさんある。
密教信仰の名残りである。

中世末以降の在地武士の造営から近世初頭の寺請を経て、地域の寺院の
ほとんどが禅宗系となっている。
が、いにしえの信仰はこのように小さなお堂にある。
全部調べればものすごく面白い歴史がみえてくるのだろう。

20111127わかみや

ウォーキング地域の地主神である若宮神社。
このあたりの神社は今でもしっかり杜をもっている。
ウォーキング途中だが、だれも指示していないのに皆お参り。
日本人の心が残っていますね。

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最後のお参りは真宗の西広寺。
蓮如上人の腰かけ石がある。

小浜の寺院のほとんどは禅宗寺院だが、今回のウォーキングコースには
浄土真宗と日蓮宗。
これも歴史を示している。

小浜から京都への周山街道沿いに中世末に創建されたこれら寺院。
街道沿いの商工民に信仰されたのであろう。

ちなみに小浜の日蓮宗寺院は京都諸山と密接に関係しながら、港の
大檀那に支えられて隆盛した。有力商人の信仰である。
小浜では港の後背安定地によくみられる。

一方、真宗は港に近接した労働者に信仰された。
小浜では港に直結したところや、街道の拠点にみられる。

口名田の2寺院も京都とのつながりの中、街道の拠点として
中世に町場が形成され始めたことを知る重要な手がかりである。

いろんなものが歴史を語りかけてくる。
これを訳してみんなに伝えるのが若狭坊の今の役目です。

口名田半周ウォーク「その1・蔵」

週末は県内で研究会やら遺跡の現地見学などがあった。

が…

仕事&村づくりイベントで行けなかった(泣)

でも、どちらも仕事のスキルアップにつながること!!
特に私の今の専門は「歴史を活かしたまちづくり」だからこれでいいのだ。

研究会なんかも趣味のスキルアップではだめだからね。
歴史文化は人の生活に密着させなくてはいけない。学問で終わってはダメ。

で日曜は村づくりの地区半周ウォーク。
老若男女多くの参加だった。

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歩き出してすぐの蔵。小浜の町は漆喰やなまこに仕上げるが、
村部は下見板、土壁が多い。

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茶畑の中の蔵。こちらは漆喰。
小浜村部で特徴的なのは大きな下屋。
町は妻入りに下屋を出すが、平入りに大きなものを設けるのがすごい。
水屋をくっつけて両庇みたいになっているものもあった。

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伝統的な家屋。だいぶ減ってきたよなあ。
若狭坊の夢は古民家再生の家に住むことです。

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蔵の屋根。もちろん産地おひざ元だから「若狭瓦」
特徴は、鬼瓦の上の鳥衾。「波が立つ形ですよね」。
火事を嫌った先人のなごりである。
小浜町部では、蔵に多用するが、おひざもとでは母屋にも用いる。

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帰路は市道「瓦道線」。住んでる人は瓦師路とよび、最盛期には
道路沿いに10軒以上の工房があった。
唯一残っていた工房も、昨年の雪でごらんのとおり倒壊。
土塗のだるま窯がみえる。

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公民館に帰ってきて、飾ってある明治の良能学校の瓦をながめる。
なんとか活かしたい「若狭瓦」の歴史だ。

他にもいろんな発見があった楽しいウォーキングとなった。



夜は居酒屋「ぼんくら」30周年パーティーへ!

入れ替わりの大きい世界で30年は老舗の世界ですね。
いろんな人に愛され続ける「ぼんくら」よ永遠に。

近代化遺産特別公開@小浜

小浜の国登録文化財「山川登美子記念館」&「小浜聖ルカ教会」

明治時代の建造物の特別公開イベントです。

『明治をしのぶクリスマスのひととき』

「旭座ジャズナイト」に続く市民協働の企画でございます。

入場・入館無料!! 申し込み不要!!!
ぜひお越しを~!!まだ準備でバタバタしてますがね(^^)/


明治を偲ぶチラシ(小)

元気小浜「イベントな一日」

午前中は地区対抗駅伝大会!

もちろん走ってないですよ(^^ゞ
役員として選手送迎兼応援として。

結果は10位!選手のみなさんありがとう&お疲れ様!


午後は御食国若狭おばまYOSAKOI祭りへ。

妻も2人の子供も参加です。

この祭りも、平成15年の若狭路博覧会からの継続で、地域に
根付いてきた。
というか広域に広がりをみせており、年々レベルアップもしている。

始まるころのTさんの熱さを見ていたから、「よかったね!」という感じ。
個の熱さでまちづくりが始まり、仲間が大きくしていく。

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妻と子供のチームは「くちなた糸桜吹雪」

地区の天然記念物「妙祐寺のしだれ桜」に由来する。
これも文化財の活用なのだ。

熱さと元気をもらった一日だった。


それと今日の新聞には鯖江と勝山の埋蔵文化財の記事が出ていた。
地道な調査の成果がともに出ている。

小浜は先般委員会を開いて来年度の調査方針を決定した。

最近、同僚に任せきりの埋蔵文化財。
というか任せっきりにしたいはずもなく、ホントは私がしたいくらい。
正直頼りなくってね(^^ゞ
委員会も任せて発言する気は一切なかったのだが、目を瞑って瞑(迷)想
する同僚に耐えられず、一人しゃべってしまった。
なかなか人を育てるのは難しい。

スタッフが一杯いて、専門知識を持ち、かつ広い視野をもち、市民と
和気藹々できる人材が他にもほしい・・・

一年間黙々と発掘調査したい・・・が正直な若狭坊の願いなのです!(^^)!

小浜の文化財スタッフ。
近隣に比べれば若干多いですが、個々の仕事は5倍以上していまっす。

仕事自体、5年前の5倍くらいになっているかな?

人が増えない。ということは人のスキルアップを図るしかないのです。

山を望む

毎朝出勤前に我が家から山を望む。

まず望むのは多田ヶ岳。ブログでも何度か紹介している小浜を代表する神体山。若狭坊は多田が岳を望んで諸真言をお唱えするのが日課です。

今日は北側の別の山をご紹介。

大黒山

手前がタテヤマ。奥が大黒山。
昨日の寒気でようやく山も色づいてきました。というかそろそろ白くなるでしょう。

手前のタテヤマ(立山・館山)は、中世若狭守護の重臣で、京都で外交官的な活躍をした寺井氏の居城である。奥の秀麗な山は大黒山といいわが母校の校歌にも歌われる山だ。甲子の縁日には山を南無南無する。

大黒山の北東麓には谷田寺があって大黒天がオマツリされてます。
当たり前の生活の中には、さまざまな歴史が眠っている。おもしろいものです。

さらに突き詰めていくと深いものも見えてきたりする。
たとえば、山と神社仏閣は面白いくらいの関連性で立地しているから。

で、最近、若狭坊さんは変わってますね。「歴史」やら「山伏」やら…って変人扱いされることもある((+_+))
まあ変わり者が多い世界だからしょうがないのですがね。

山を恐れ、山に神聖なものを見、山に入ってその力を分けてもらおうと思った日本人。
単に日本人らしい生活をしているだけ。
歴史に興味を持つのは、みんなが忘れかけている日本人を取り戻したいだけなのですよ。

実は大のホークスファン

実は知る人ぞ知るホークスファンなのです。
さすがに2連敗で意気消沈でしたが、逆王手!

サイコー(^O^)
大学のときに南海ホークスを応援してた時から、ダイエーを経て約20年間うわきなし。

久々の日本一目前。
あー福岡いきてー^^;

いい気分でボジョレーも空きそうです。

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セレナくん一周年!

年末まで、国の検査やらイベントやらで休みなさそう
なので、秋のイベントづくしの代休で久々のOFFにした。

わが愛車セレナくんの12か月点検に入庫。
ピカピカにしてもらった。ありがとう。

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地域でも3本の指に入る速さで新型を入庫したので優越感が
あったが、最近おどろくほど走っている(^^ゞ

もはや優越感なし(+_+)

ちなみに車歴は
180SX⇒スカイライン⇒スカイライン⇒アベニール⇒MPV⇒セレナ

ご覧のとおり一回浮気があるものの根っからの日産フリークである。

ピカピカの車で向かったのは敦賀きらめき温泉リラポート。
ものすごく大きな施設で温泉とプールを備える。

平日でガラガラだったので気持ちよくリフレッシュ!
客が少なすぎて心配になったぐらい。
ちなみに結構な赤字を出しているお荷物施設のようだ。

若狭地域には、各市町村に1~2か所の公共温泉や温浴施設がある。

ブームにのって作られたが少ない人口で過剰気味でもある。

いずれも自治体直営か関連公社の指定管理である。
たぶんどこも赤字なのだろう・・・
おそるべし原発マネー。

わが小浜市にも「浜の湯」があるが、リピーターも確保している
し、公共観光施設の付帯だし、漁港の釣り客にも好評。

公設民営で、温浴のプロ業者が運営しているし、若狭管内では
もっとも優良なのだろう。

余剰売上も市に納入されてるし。

でも、施設が古くなってくると改修費用は市に大きくのしかかる
のも事実である。

でも、市民にとってサービスのある施設だし、経営感覚をもって
運営されてるから、他とくらべればOKですね。

帰りには三方石観音で南無南無した有意義な休日を過ごせた。

夜はテニスでも行ってさらにリフレッシュしようかな!?
もうすぐオフシーズンだしね。

来年の中世都市研究会

来年の中世都市研は大阪開催!

で、若狭小浜を題材に報告者として問題提起してほしいとの依頼があった。

今年は政策的な仕事や活用イベントが土日に多く、全国的な研究会の報告やパネリストをことごとく断っているが、来年だしね!ということでお受けすることにした。

小浜の中世都市研究おもしろいんですよ。

最近、NHKのブラタモリが好評で、小浜でも真似して「近世の絵図をもって市街地を歩くという「ブラ○○○」のプランニングに協力しているが、知られていない中世の話をするとみんな興味をもってくれる。

実は全国でも珍しいくらい、小浜は中世都市の痕跡を残している。
すでに完成形となっていた中世の栄えた港町を近世に再編する必要がなかった。
また、中世の町のことを表す諸資料も豊富だ。

小浜って江戸時代じゃなくって中世がいちばん栄えていたんだから(^^)/

ミニバス教室からどんぐり拾い

終盤を迎えたミニバスケットボール教室。

毎週ボランティアコーチありがたいことです。
できれば続けていきたいな。

最近の子供は忙しい。

私の住む地域でも男の子は野球とサッカー!
女の子もよさこいやら何やらでほとんど休みなしである。

ミニバスケット教室は、週末忙しい男の子も多く、女の子のみ。

バスケ教室

で、もうすぐ市のミニバスケット大会なのだが、女子6年生が
4名しかいなく、うちの校区小学校は参加しないとか・・・

なんでやねん!
5年生も入れてやってきたんだから出ようよ!!

5年を入れると出れる子と出れない子がいて不公平とか・・・。

不公平を変な意味でとっている。
まあ、親も難しい人が多くて、学校の先生も大変なのだろう。

でも一生懸命やってきた子供がかわいそうだ。


イライラしながら、帰りに市道でどんぐり拾い。
保育園で使うということで黙々と集める。

どんぐり

今年は多い年ですね。
クマも里へは下りてきません。

ていうか、6年女子が4名とか、クマが里へこないとか。

一体どこに住んでんねん!っていう感じですね(^^)/

登美子さん家の記念館

今日は来週から始まる山川登美子記念館の企画展の準備と
おなじく12月実施のイベントの広報。
それと、新年度の新しい仕事の準備をした。

山川登美子さんは30歳を前にして早世された明治歌壇の才女。
与謝野鉄幹・晶子との関係でよく知られるが、知名度は低い。

小浜には旧山川家を再生した彼女の記念館がある。
来年でオープン5周年になるが・・・

なにせ知名度が低いため来館者がのびない。
なんとか彼女にスポットをあてたいのだが。
がんばって企画展示やイベントしてるんですがね。

ドラマででもとりあげてほしいな。ドラマチックな人生を
歩んでるから。

そしたら記念館も群がるような来館者になるんだろうな。

写真は最近毎朝通勤時にながめる南川。

落ちアユ

白サギと鵜が落ちアユを狙って浅瀬に群がっている。
年々多くなってきているような気がする。

こんな風に記念館にも群がってほしい(*^_^*)

オバマのオバマ

ハワイの日本文化センターで開かれる「オバマのオバマ」に
おばまガールズや市民団体が招かれて出発した。
オバマ大統領の同級生である同センターの所長のお招きだ。

小浜市が紹介され、おばまガールズのフラも披露される。

市長もあわせてハワイを訪問する。
ホノルル市長との面談で友好を促進し、日系企業幹部とも面会の予定。
一応、市民レベル活動とは別の公式訪問である。

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正直、個人的にはいままでよい思いはもったことはない。
ひとそれぞれで受け入れ方は違うからしょうがないよね。
やっちゃってナンボの精神は日本人に不向きなので批判は出てくる。

でも国内でまちづくりに成功しているところは、いずれも市民レベル
で「やっちゃってナンボ!」を実践しているのは確かだ。

小浜もオバマ市民パワーはすごい。
よい意味でも悪い意味でも小浜の知名度をアップさせているもんね。

まちづくりの中でもメンバーにはいろいろ助けてもらっている。
批判するつもりはさらさらないんです!!

フラは女神を鎮める踊りというから、これを受け入れる日本人にも
日本人らしさを感じますね。これも神仏習合(^^)/

そういう歴史をもった「小浜らしさ」がこの活動の中にあるのかも。

でも行政が関わるのはどうかなぁ~??
今の政治情勢やオバマ大統領の現在を考えるとねぇ。慎重さは必要。

時期を得た??PR活動もそうだが、地に足ついた小浜の宝の発信と並行
しなくちゃね。うん。オレがんばろう。

APEC首脳会議が開かれるハワイ。
念願のオバマ大統領との面会は叶うのだろうか・・・
でも、市民を代表していっぱい国際的に小浜をPRしてきてね。

乞うご期待!

高成寺から小浜聖ルカ教会

昼は高成寺へ仏像調査。

町中でも大きな境内地をもつ寺院。
立派な山門も目を引く。

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南北朝時代に若狭の安国寺として開基された。
開基当初の中世の絵画や由緒は重文指定されている。

ただ、開基と時代が合わないものが・・・。
大きな千手さん。一宮下社の本地仏であったという文献が多く残る。
十年前の調査以来、専門家が注目しており、まもなく日の目をみるだろう。

ちなみにこの千手さん。一宮下社から山伏が盗み出し、途中放棄された
ものを川から取り上げ、高成寺に祀られているという伝承だ。

中近世によく出る山伏悪人説。
山伏の端くれとしては、真実であればそれをもとにもどす責務もある。

おもしろかったのは、いままで注目されていなかった前立ちの十一面
さん。8世紀までさかのぼるかもしれない古仏の可能性が指摘された。
奈良時代の塑像の特徴を非常によく残しているとのこと。

地方には8世紀の仏像などなかなかない。

小浜では多田寺の十一面さんのみで、あとは古仏でも9世紀代になる。
ああ・・・正林庵の金銅仏(弥勒半跏)もあるが。

今後の調査に期待です。
高成寺の大きな千手さんも当初は十一面の可能性がある。

越前・若狭・近江の十一面観音の古様信仰は、神仏習合受け入れの一つ
の形態を示しているようでならない。もちろん東大寺二月堂の十一面さん
につながる。

夜は12月3日(土)に開催するイベント会議。
会場となる国登録文化財の小浜聖ルカ教会で実施した。

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本当に素敵な明治の空間を創出している。いいイベントにしなければ。

雰囲気のよい空間は、いい発想が生まれるもの。

まちづくりの仲間とわいわいやった。

そして今日の南無南無はまさに日本人らしい寺から教会への神仏習合南無南無。

異質なものへの理解と寛容の精神である。

若狭瓦の里保存会

わたしの住む地域は、伝統産業である若狭瓦の産地!(だった)。

昨年、最後の職人が廃業したので過去形。

でもいくつかの工房などが現存しており、その歴史をいかした
まちづくりができないか?と昨年から保存会について議論され
ている。

今日は3回目の会議。

なかなか紆余曲折だが、まちづくりのすばらしい歴史。
活かしていければよいなぁ。

まずは地域の公民館まつりで展示ブースを運営して、地域の
盛り上がりを図ることで一致した。

いまでも小浜の伝統的民家の屋根は若狭瓦。

古くは小樽まで運ばれた若狭瓦。

小浜西組の重伝建地区でも修理に使いたくても使えない若狭瓦。

何とか歴史と現状を知ってもらいたい。
そこから新しいまちづくりが生まれるかもしれないから。

産業としての再構築は難しいかもしれないが・・・・。

コスト削減と大量生産からなくなっていく日本の伝統。

いいものは残っていく生活が作れればいいですね。

秋冷の久須夜

この季節、南川・北川にはさまれ河口部(市街地)には朝霧が発生する。

仕事柄、カメラと切ってもきれない関係にある私には、すばらしい季節で、早起きしてカメラを担いでは、早朝
の市内を徘徊することがある。

今日は朝もやに浮かぶ久須夜ヶ岳がとても綺麗だった。
久須夜

湾に突き出した内外海半島の先端の秀麗な山で、古代の小浜人が神をみた。
小浜では多田ヶ岳に次ぐ古い神体である。

山頂近くには、久須夜神が降臨した大岩がありしめ縄が巻かれている。山麓には式内の久須夜神社もあり。

「クスヤ」自体、この三文字のアテにも古さがあるし、意味にも大変興味がある。謎だが…。

とにかく小浜人の心に響く山。
多田ヶ岳とともに若狭八景にも数えられていたし、今でも各学校の校歌にも登場する。

現在、神様が一人になりたいらしく、山頂までのエンゼルラインは災害により通行止め。

山頂のアンテナ類が痛々しい神の山である。

南無久須夜大明神。

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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