旭座シンポジウム

無事終わりました。

市民シンポとしてはとってもよかったです。

なかなかパネラー5人の市民シンポは成り立たないんですよね!
思いを熱く発言するだけで・・・

今日の成功はD前先生の司会と賀古先生のアクセントのたまもの。
そしてパネラーのみなさまの、みんなに議論してほしいという心。

で、裏方のホントに表に出られない皆様の思いの終結!!

いろんな意見がでました。スタートですね。
「旭座」はいい!!!
の共有はできたと思います。
価値観が違う人はしょうがない。
民主主義で100%賛成はありえないしね。

さあ、国定忠治で「旭座」だよ。

いい打ち上げでほろ酔い。
ひさびさに熟睡できそうです。

はやく劇場「旭座」にお稲荷さんを勧請して南無南無したいな。

大きな神棚の上屋が残ってるんですよ~!(^^)!
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不動縁日

昨日はお不動さんの縁日。

家で南無南無したが仕事は不調。

今日は

AM  明治の芝居小屋 旭座の建築専門調査
PM  住民を交えて旭座復活シンポジウム
夜  市民主体の公開シンポジウム
深夜 反省会・懇親会(^^ゞ

旭座を知らない人にはぜひ来てもらいたい…

願いをこめて

出勤途中に大好きな円照寺と妙楽寺のお不動さん
にお参りしていこ~っと!!
018.jpg

イベントだらけ

今年の小浜の秋はイベントづくし。

今週末もさまざまなイベント。
29~30日 「女性落語大会」
30日 「お茶会」「まちなかオリエンテーリング」
   「恋活イベントROSSO ROSSO」
29日 「旭座ワークショップ」「旭座シンポジウム」

まちづくりに熱い人。多くの人がボランティアで動いている。
協働のまちづくりも徐々に進展している。

いまから、月に一回のまちづくり結社「木曜会」の懇親(*^_^*)

パワーをもらわなければ・・・

災害と集落

人間はばかなもので、同じ失敗を何度も繰り返す動物。

ただ失敗があったことはすぐには忘れるはずはない。
長い長い年月を経て、徐々に忘れていく。

このサイクルが「歴史」の根本にある。

人間が使う道具は、文化の流入や新たな発見から開発される。

これを融通の利くようにマイナーチェンジさせていくのだが、
必ずどこかで間違ったマイナーチェンジをしてしまい、その
道具の根本の意味がなくなってすたれていく。

衣服、文房具、茶碗など、身近なものをよく考えるとそうい
うものばかりだというのに気づく。

たとえば男性のスーツ。軍服、詰め襟の痕跡を襟や袖に残して
ますよね。でも今や飾り。意味の解っているひともいない。

機能性があったものが退化してファッション化しているのです
が、スーツの歴史はそろそろ限界にきている。

クールビズやらウォームビズやらで。
正装で着るだけの形骸化した服にむかってまっしぐらである。

いま、ほとんどみないようになった日本人の正装「紋付」の
ようにね。

これを何回も繰り返している人間。新たな発見と思われている
ものも、歴史の観点から観察すると全然新しくなかったりする。

たぶん遠くない未来には、紋付袴に似た機能性のある服が日本人
の日常服になっているかもしれない。もちろん形骸化していない
元来の紋付袴のことであるが。

日本人体型が動くのに「袴」て最高のものなんですがね。

最近よく思うのは新興住宅地。
扇状地の先端や河川の氾濫原、弱い山肌の山麓にどんどん作ら
れている。

この住宅地の開発で、事前の発掘調査をするとよくわかる。
わずかな時間栄え、災害で滅んで行った村々が。

地球の気候はゆるやかな温暖と寒冷のリズムを刻んでいるが、
寒冷期の最後に、このような危険地域の開発を進めている。

発掘結果の時代でいうと弥生時代後期と平安時代前期。
そしてわずかな時間で滅んでいる。

いま、江戸時代からの寒冷期の最後を迎え温暖化している日本。

それを忘れて危険な地域に開発を行う人間。
歴史は繰り返すから仕方ないのか。


日本の自然のカミのお告げは、自然と共生することを忘れた
人間への警告なのだろう。

旭座が動く日!

旭座シンポちらし(小小)

祈ること・伝えること

先日、厄年のお祓いで、宮司による震災慰霊者追悼と早期復興の
祝詞があげられた。

元来日本人は、山や海、空からくる嵐に神を見て、これを神の
お告げとみた。そして神に静まってもらおうともした。

その点、???と疑問に思った祝詞でもあった。

神仏に携わるもの、慰霊者を供養し、復興を願うのは当たり前
だ。というか日本人・人間として当たり前なのだろう。

では、何を伝えればいいのか。
神仏が我々に伝えたいことを代弁するのが役目なのだろう。

別に新興宗教のように、役行者のように神がかりしなくてもよい。

われわれ個々の立場で、社会の矛盾を伝えるべきだ。

自然にも神にもわれわれは勝てない。
同居することで日本人はいままで生きてきた。

この考えに立つことが日本人らしい復興につながるのだろう。

それが日本人であり日本の歴史である。
歴史は繰り返している。

踏み外せばそこには日本人と日本文化はなくなるから。

谷田部とういうところ

仕事途中に谷田部の薬師さんへお参り。

ここは小浜にある八幡宮があったという伝承がある。
やたべ(八幡辺)なのだろう。
この薬師さんはその本地なのだろうか??

平安後期の丈六仏で小浜にはめずらしい。

谷田部薬師

気合いをこめて南無南無。

この谷田部。
もともと南川が蛇行してラグーンが形成されていた痕跡を残している。
古代の港に接して八幡宮と神宮寺があったのだろう。

古代の官道もこの辺りを通っており、実は持論でこのあたりに遠敷郡衙があったのでは??と思っている。

多田ヶ岳の尾を望む地域であり、多田ヶ岳の腹をみる国衙とは様相を異にする。

この龍の尾を守るのが妙楽寺や遠松寺(現在の円照寺)なのだが、その中の一つ谷田寺にも合わせてお参り。

小浜は平安仏が多いところだが、秀逸な鎌倉仏を安置する寺として知られる。

谷田本尊
ご本尊の千手さん(重文)

谷田不動
脇を固めるお不動さん(重文)

谷田毘沙門
同じく脇の毘沙門さん(重文)

ほんでもって別個に好きなのがこの大黒さん。

谷田大黒

いいでしょ。

谷田寺の裏山には行者堂があるらしいがお参りできていない。

境内の日吉社をお参り後、山を遥拝して行者さんを南無南無。
もちろん全面の龍(多田ヶ岳)も南無南無した。

ここも当然、小浜の神仏習合を知る聖地のひとつである。

祭りの後・・・

3連休は小浜市市制60周年で多彩なイベント。

旭座ジャズナイトも大盛況のうちに終了!!!

口名田地区民体育祭も審判長の大役を無事終える。

疲れの残った連休あけだが。

有志・仲間がいてこそのまちづくり。

しみじみ感謝感謝なのです。

あす開店!「旭座ジャズナイト」

まちづくり仲間のパワーはすごく・・・

とても良い雰囲気を演出できています。

電飾・カウンターはまちづくりの巨匠・APECさま。
演出は観光まちづくりの帝王・S野本部長。
PA・楽器はS島さんとK下さん。
日よけのれんは小浜きっての芸術家・Keiさん。
周辺住民への周知お願いは、地元保存会のK端会長とF田前会長。

みなさんありがとう!頼りない事務局でごめんなさい。

立ち見の当日券がいくらかありますよ。

多くの方にお越ししただきたいですね。

旭座前夜1

旭座前夜2

いいとこ小浜

小浜が好き!

どこかノスタルジアな小浜が好き!!

katsumi.jpg

自然と共生する小浜が好き!!!

obamawan.jpg

いにしえから自然と共生した小浜が好き!!!!

zinnguuzi.jpg

おまつり

親戚にさそわれ中名田の加茂神社の祭礼に行った。
およばれしすぎて二日酔い!
秋の週明けはいつも二日酔い!!

中名田は、南川の中流域に開けた中山間地域。
私がすむ口名田と大きく風景は変わらない長閑な農村だ。

ここでは、各区が順番で棒振大太鼓と神楽を交替でだす。

今年は棒振り大太鼓の出番!

中名田1

なかなか面白い。
棒振り大太鼓は小浜の祭りの基本で、多くの地域で行われているが、
小浜街中の都市祭礼にはないアレンジが村部にはいっぱいある。

祭りを見せる雅じゃなく、祭りを楽しむ人々の心意気により伝承
されてきたことをよく示している。
何?が伝統か?
祭りは神への感謝と、とくに秋祭りは収穫に感謝した慰労会だから
おもしろくできなければ意味がない。

凝り固まったものを伝統化していいのか?
たとえば若狭最大の秋祭りといわれる放生祭。

ちょっと前まではいろんな出し物が練っていたのに、今の出し物を
伝統化している。いいのか??
難しい問題ですよね。

中名田の祭りは、古くは小浜の祭礼で出ていた、夜叉(やせ)やおこべ
や天狗、ひょっとこなども出る。

中名田2

引き継がれるもの、新しく楽しむもの。
時代にあって融合してこそ民俗文化財なのだろう。

ちなみに私がすむ「くぼたん」の六斎念仏も見世物として神楽囃子や面をつけた
滑稽者が参加する。おそらく楽しむ過程で導入されたのだろう。
でも、六斎日に各家を回り念仏を上げるという伝統を市内では唯一残している。

村部の祭りでよく思うのが、宮入のにぎやかさ。見る人みんなが楽しんでいるもの。
祭りはこうでなくっちゃね。
人がいて人が集まってこその文化財だ。

写真は土曜日にセッティングされた「旭座」!

asahiza.jpg


何十年の時を超えてジャズナイトでよみがえろうとしている。
いつか光が差すだろう。
人が集まってこその文化財として・・・
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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