小浜の神仏習合寺院

小浜には多田ヶ岳という霊峰がある。

この周りに集中して小浜の密教寺院は分布している。

神体として後背にもつ神宮寺や多田寺、妙楽寺。
遥拝する羽賀寺や谷田寺などなど。

そしてこれらの寺院でさらにおもしろいのが、小さな神奈備山を
本堂(三重塔)正面に「シラ」として遥拝する共通点がある。

神宮寺は内陣に神と仏を並祀する全国でも特異な寺院。
でも、神棚と仏壇をもつ一般家庭からみれば日本文化を示す
あたりまえの寺院でもある。

この若狭神宮寺(創建時は若狭比古神願寺)にまつる神。
若狭彦姫神・・・まさに若狭第一の神で神宮寺の根本神。
白石鵜の瀬明神・・・若狭彦神が最初に降臨した場所。東大寺へのお水送りが実施される。
長尾山大神・・・後背神体山の多田ヶ岳。
志羅山明神・・・本堂全面の神体山のシラ山。

神仏習合を受け入れた日本の当時のロマンを感じる神々。

「長尾」は龍であるが、この多田ヶ岳の東端に「龍前」という地名、
西端には、尾崎という地名があり、社寺のほとんどはこの区域に
残っている。

水を吐く龍。東大寺へのお水送り。ますますロマンを感じますね。

古くから大陸・半島の文化を受け入れた若狭小浜。
さまざまなところにその痕跡を残し、神仏習合に関してもその一端を
しめしている。

古代の願いを感じつつ。
仕事がうまくいくように。

今日は羽賀寺から龍を遥拝した。

ちなみに我が家からもよくみえる山なので、毎朝遥拝勤行している(^v^)

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現場主義

現場主義!

その言葉の中には色々な意味がある。

昨日はまちづくりの懇談会であったが、現場の声を聞いての
発言だ!!という人の、余りにもの市民ニーズや将来性の
欠落にがっかりした。

人間は自分の意見に同調する人の意見を誇大して受け入れる
ことが多い。
当然、同調する人が周りに集まりやすいから、「自分は正しい」
に陥りやすい。
これを全体意見・全体ニーズとして受け止めては元も子もない。

わたしたち、まちづくりに携わる者が最も注意しなければ
ならないところだろう。

昨日の懇談は・・・
沢山の意見を聞き、メリット・デメリット・相乗効果・波及効果
多面的効果を検証してきた人と
個の意見を全体意見と勘違いしている人での対話。

わたしたちはたくさんのデータをもって対話したいのに、対話の
きっかけさえ(いややっときっかけができたか?)つくれない。
議論しようよ!小浜のために・・・が全然伝わってこない。

対話になるはずがない(^^ゞ
こんなんで小浜のまちづくりが後退することが恥ずかしい。
(と、同じことを勘違いしている相手方も思っているのだろう(+_+))

まあ、間違いにならないよう頑張ります!
小浜が将来後悔しないようにね。


現場主義!!

国・県・市という行政社会はなんとかせんと。
国・県はお堅い役人が一生懸命まちづくりを考えても現場
ニーズに合うものができるはずかない。
それぞれ地域で違うのがあたりまえなんだから。
一元化して考えようなんて・・・無理にきまってるじゃ~ん。

良いまちづくりをしている地域に交付金をくれ~。
といっても、そのためには末端行政のレベルが高くないといけない。

今の小浜・・・???がつくかも。
もちろんレベルが高くポリシーをもった人間はたくさんいる。
この人たちにもっと権限を与えてもいいと思う。



現場主義!!!

私の歴史学の原点は奈良大学鎌田研究室。

実験歴史学を提唱し、綿花づくり、わらじあみ、宝来講という伊勢
まいりなどを実践し、歴史を体感することから、現代への学びを
受けた。

当然、学問として身に付く研究もあるし、歴史を肌で体感できるし、
未来への継承(警鐘も)も考えるきっかけとなる。

なにより楽しい!!!

わたしの歴史まちづくりの原点がここにある。

歴史は歴史学として専門家の手にあるものではない。

観光や生涯学習・学校教育に活かす!!!
なんて行政チックなものではなく、

国や地域の誇りとなり、みんなの生活に溶け込み
いかさなければ。観光なんかはそこから派生する
二次的なものだから。



鎌田道隆先生。
今年、退官されたが、屋久島で元気に過ごされてるかな。

大好きな郷里屋久島で自然と文化と酒に囲まれて。

くぼたん米舞倶楽部

三年目を迎えた「くぼたん米舞倶楽部」の稲刈り三連休が終わった。
耕作放棄地をみんなで解消しようと企画され、荒れ地を耕し、米やら
そばやらを作っている。

週明けの今は疲れと酒の心地よい疲れ。

地元小浜市ではわりと有名になったが、単なる米の生産団体と思われて
いる節もある。

ので趣意書を…。

豊かな自然の恵みに育まれた窪谷には、米をつくるのに欠かせない「おいしい水」があります。そして、この水を活かした「おいしいお米」は、「わたしたちの里 窪谷」の先人達による絶え間ない開拓・改良・生産の努力によって守り伝えられてきました。
しかしながら、全国的に進む少子高齢化と個人化した生活意識は、おいしいお米を生む窪谷の田んぼにも少なからず影響をおよぼしています。わたしたちは、先人の努力により守り伝えられてきた生産地が荒地となり、ふたたび山へと回帰していく現在の状況を無視することができません。
日本人の稲作は、もともと地域の共同体により守り伝えられてきた歴史があります。機械化が進むごく最近までは、田植えや稲刈りなどは、親族や地域の連携によって行われていたことはご存知のとおりです。
わたしたちには、荒れる田んぼを見過ごし、先人達の努力によって守り伝えられた「窪谷のおいしいお米」を絶やすことはできません。荒れた田んぼに、秋には稲穂が舞い踊る窪谷らしい風景をとりもどすこと、そして、窪谷らしい住民のネットワークにより「おいしいお米」を子や孫達に継承していきたいと考えています。
わたしたちは、たわわに穂づき風に舞う「おいしいお米」の収穫に感謝し、窪谷に住む老若男女が、豊かな自然と共存し、助け合い舞い踊る地域コミュニティーを継続させるため「くぼたん米舞倶楽部」を設立します。

どう??

三年前の田んぼ

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再生後の田んぼ

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子供たちとの稲刈り

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子供たちとの水源や田んぼの生き物調査

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収穫祭ではそばうちや

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もちつき!

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そして三世代、全地区民のスーパー忘年会で一年の幕を閉じるのです。

いろいろやってるでしょ!
でも特別なことは何一つやっていない。

これを特別とみなされる日本という国のさみしさ。


地域に根差した民俗行事の現代版です。

いつの時代の祭りも同じ!
恵みをもたらす自然や神に感謝し、自分たちの労働のご褒美に地山地消する。
老若男女が集う。人間の営みの根本なのです。

放生祭本稽古そぞろ歩き

昨年から始まったイベント!

週末の放生祭の本日だけではなく、本稽古も公開しますよという
イベントです。

昨日から明日まで、各地区の本陣前などで公開されています。
夕涼みがてら最適です。

昨日行った「旭座」
明治時代の芝居小屋建築で保存活用運動が芽生えている。
建物前で元気な子供たちが大太鼓の稽古に励んでいてほのぼの。

旭座そぞろ
木連格子と旭の懸魚

同じく「白鳥会館」
国の登録文化財となっている。
神楽囃子が初秋の夜に響く。月をながめながら聴くととっても幻想的。

白鳥そぞろ
白壁と提灯が幻想的

人が集い、生活があってこその文化財ですね!
そして地域の人をつなぐのはやっぱり祭りだ!!!

そうそう。
「旭座」では市民有志でイベントを企画しています。

文化財親しみをもってもらおう。
普段足を運ばないものでも、来てもらえるようなイベントに
したいな!とみんなで考えました。

是非お越しください。

旭座 ジャズ ナイト

ジャズナイト

御祈祷法要

日曜日は地域の観音さんの御祈祷法要。

昨年は17年ぶりのご開帳で会計をつとめ大変つかれたのでした。

今年は悠々自適!ゆっくりとお参りさせていただきました。


若狭地方は全国でも特異といわれるほど馬頭観音さんが密集していらっしゃる。
頭に馬をいただき、怒りの形相をみせるめずらしい観音さんです。

全国の街道筋では、馬の信仰で石造や立像がはやるので江戸時代以降けっこう
みられるが、若狭の信仰は木造で平安時代から。三面八臂の坐像につくられる。

じゃ~ん!
わが窪谷の馬頭観音さん。

2010090420400000.jpg


素敵でしょ。平成に入ってすぐに盗難にあったのですが、無事お帰りになった
いまどきめずらしいお方です。よほど窪谷を愛していらっしゃるのでしょう。

御祈祷が終わるとみんな車座になって飲み会です。
「てぐさ」といって家からごちそうをもちよってね。

こういうときにしか聞けない話も沢山あっていいんですよね~。

2011091117100000.jpg


でも、深酒しすぎ…
ようやく復活です。ただの酒好きなのか(^^ゞ

でもいっぱい人が集まって馬頭さんも大喜びでしょう。

放生祭

一七日(土)、一八日(日)は若狭地方最大の祭りである「放生祭」!!

毎晩、稽古のお囃子が聞こえてくる。
(村のわたしん家には聞こえないが、毎晩の残業中には聞こえる(^^ゞ)

この放生祭!

名前でピンとくる人もいるかな?

もともとは八幡社の放生会(ほうじょうえ)。
万物生命に感謝し、鳥獣魚類を海などに放つ神仏習合行事である。

でも、いまの八幡社ではその行事は行われていない。残念残念。

で、行われているのは、もともと祇園社の出し物であった太鼓や山車などである。

傘鉾を先頭に、露払いの太鼓と棒振りがつく。そして囃子をともなう山車。
風流な祇園祭りである。

神楽は、引き屋台の神楽囃子で、獅子頭は屋台の飾りとなっている。
関西にはめずらしい三匹獅子舞もでる(川越からいらっしゃったもの)。

このように放生祭といいながら、いろんな集合体でおもしろいですよ。
それに今年は式年大祭のため、すべての出し物が見られます。

ぜひ若狭の秋を感じてほしいですね!


おはやし会


放生祭本稽古そぞろ歩きが今年も行われます。一三日から一五日の夜です。

ゆっくり見たい方はこちらをお勧めですね。


祭りは地域をつなぐ。地域のくさび。
小浜旧町の心意気とコミュニティーの柱です。

城下町・港町の心意気を多くの方に体験していただきたいです。

(でも自分は地元まちづくり団体「くぼたん米舞倶楽部稲刈りです(-_-;)」)

大杉の行者さん

こちらはお隣の若狭町の大杉の行者さん。
吉野からいらっしゃった経歴をお持ちである。

大杉行者

若狭町歴史文化館の企画展示で先月末まで展示されていた。

あわせて地域に残る行者堂や行者講も紹介されていた。


若狭町だけで約一〇か所ほど残っている。


わが小浜でも行者堂や行者講がいくらか残っている。

霊峰多田ヶ岳周辺では遠敷や今富の野代で。
遥拝できる谷田部にもある。

霊峰飯盛山周辺では北麓の加斗地区に行者堂が多い。
南麓の口名田や中名田にもある。

宮川地区では不動の滝があるのでその近隣住民でも信仰がある。

太良荘区は国内中世荘園の研究の聖地であるが、
鎌倉から南北朝期にかなりの山伏が活躍しており、
いま、現代に至っても若峰講の主要メンバーである。

ただ、各地域とも修験信仰はかなり廃れてきている。
年一回形式的に行者堂でお参りするくらいかな。
護摩もなければ代参詣でも減少中だろう。

写真の大杉行者も地元として守れなくなったので
寄託されて今回の展示となっている。

これを忘れ去ってはいけないという意欲的な展示で感動した。

心をこめて展示ケース前で般若心経から諸真言を南無南無。

小浜とその周辺は、修験道の発生前後の神仏習合を知る上で
大変重要な地域である。
多田ヶ岳の周辺の寺々はみなそうで、これを何とか全国に
発信したいと思う。日本の聖地として。

小浜は奈良東大寺や飛鳥・吉野、熊野と深い関係から成り立っている。
大和や宇佐八幡とともに神仏習合の起源を知る貴重な聖地である。

ただ、中世以降は南北朝での南朝派であり、峰入りを受け入れる中で
上記の行者講が隆盛していったので、中世修験を中心とした世界観に
思われがちだ。中世白山信仰の影響も大きいし。

かくいう私の住む窪谷も中世飯盛山峰入りの拠点であったろう。
古代の神仏習合の聖地としてだけでなく、中世以後の修験信仰と各地
域の講にも当然注目しなければ、住民と密着した地域のまちづくりも
成り立たない。

今は、各講での大峯詣りも少ないだろうが、上記の小浜・若狭の修験
信仰者で構成する若峰講は広く門戸を開いている。
今も吉野と深い関係をもつ若峰講は、古代からの奈良や吉野とのつな
がりの名残かもしれない。

古代やら中世やらの輪切りの歴史でなく、どこかに連綿と堆積する歴
史がそこにはあるのだろう。

山を畏怖し、山に神を見、山から力をもらう…。
日本人の原点でもある。

団塊の世代が山に登る登山ブームも日本人への回帰。
新しい山伏がすでに誕生しているのかもしれませんね。

でも修験を心において山に入ると、さらに日本の原点に返れますよ。

韓国文化財庁視察団の来訪

韓国から文化財庁や大学の先生をお迎えした。

なぜ?小浜??

かというと、小浜の住民と行政がすすめるまちづくりに興味を持たれたとのこと。

そして、日本で先駆けて策定した「歴史文化基本構想」に関心があるとのことです。


岐阜の高山を来訪後、今日は小浜で意見交換と現地視察を行った。


韓国視察団


文化財を守る!と歴史文化と住民が共生するという難しさ。国境を越えても同じ。

歴史文化の「かたち」にとらわれすぎると、現代では住環境には当然見合わない。

現代の生活にウエイトを置きすぎると、国らしさ、地域らしさがなくなり、
自分が生まれた国や地域への愛着がなくなる。

ヨーロッパでは、この共存が当たり前のように行われ、すばらしい町並み景観や
文化的景観を残しているのはご承知のとおりだ。

高度経済成長を経たわが国や大韓民国は、多くの文化的景観を失い、その大切さ
に気づいた。

そして、それを保存することから、生活と共生でき活用できる方向性の議論が
始まりはじめたところだ。

国や県でなく、本当に生活と密着している市町村が大きな声をだして事業を
推進しなければならない。

そのためには、歴史文化基本構想を現実化することが第一だ。

興味のある方は「小浜市・若狭町歴史文化基本構想」を一度ご覧あれ!


さあ、台風接近!!

でも夜は、急に倒れられたまちづくりの仲間の無事を祈るため、
急遽みんなが集まって折りヅルつくりである。

Aさん。小浜にはまだまだあなたのパワーが必要だよ。
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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