大峰山と金峯山寺


さあ、大峯のご紹介にあわせ・・・旅の楽しさを。
メイン行程(2日目)は山岳修行です。
ちなみに1日目は蓮華会という金峯神社の大行事に出仕参加します。

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大峯山にお参りというと山上の大峯山寺や有名な西の覗きだけを連想しがちです。
なので、洞川清浄大橋の女人結界から大峯山寺までを大峯山と考えている方が多いと思います。
一般にネット検索などをされると上記コースがヒットするでしょう。


でも実は、北にある吉野の山下の蔵王堂から、大峯山寺の山上の蔵王堂までの総称が、実は大峯山であったり金峯山であったりします。
そして、山上・山下を含む道中にある社寺の集合体が「金峯山寺」です。
さらに山上から南の熊野に向かう道を含め「大峯奥駈道」として世界遺産になっています。


若峯講は金峯山寺の蓮華奉献入峰により、約20km以上の長い道のりですが、山下から山上までの古来の参詣道を辿ります。

金峯山寺の創建は7世紀末の役小角の金剛蔵王権現の感得に始まるといいます。
すでにこの頃には吉野も政治や信仰の拠点として成立しています。
一般参加の本体は東南院宿泊ですが、わたしたち若峯講の宿坊は飛鳥の香り高く天武天皇にゆかりのある櫻本坊。
こちらも歴史が体感できる護持院です。
博物館に頻繁に出展されるような文化財群がお出迎えです。

飛鳥の頃から、吉野から山上までが一体となって政治・経済・信仰の場であったことを想像するのは容易です。
後の奈良時代末には、弘法大師も吉野から山に入り、高野山にたどり着いています。

高野山開創とあいまって、吉野の拠点は一時衰退するようですが
9世紀末には聖宝理源大師が再興しています。

10世紀以後は大峯参りが大流行。
皇族や貴族の参詣が盛んになります。
有名なところでは藤原道長でしょうか?
山上からは経筒などの埋蔵品も発見されています。

平安貴族も信仰した道なのです。

鎌倉時代以降は、源義経や南北朝の盛衰などまさに歴史ロマンの宝庫。
飛鳥から現在まで、信仰の歴史を体感できます。

山上の大峯山寺本堂は日本で二番目に高いところにある重要文化財。
ちなみに一番目は立山室堂です。
プレミア感満載です。
どうやって建築したのだろう?
毎年考えてしまいます。

御本尊は蔵王権現。
蓮華入峰で参詣すると、新客(初めての方)は秘密の行者さんの参詣が許されます。

これらをすべて体感し、山下の洞川に下りた後のビールと温泉は最高です。

少し興味もっていただけましたか??

写真なしやし、伝わらんわなーーー。



ちなみに、この記事を書きおわって、昨日が高祖役行者様のご命日であり、梅田雲浜先生の生誕日であったことを再認識。

前後挟んでこのような記事を書いているあたり、生かされているなと思うのでした。


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さぁ!1か月前


いよいよ入峰1ヶ月前

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さて・・・

若狭坊は今年で13度目の入峰になります。
小浜・若狭のみなさん。
ぜひ世界遺産体験旅行の旅へいきませんか?

ということで、昨年の行程をご紹介しましょう。
(若峰講の共有備忘録ということで)

平成28年
7月7日
 5:00 小浜市相生発
 5:40  〃 太良庄
 6:00 若狭町三宅発
(相生7名、西勢2名、伏原1名、道の駅6名、太良庄3名、宮川公民館3名、天徳寺1名、JR上中駅1名、三宅コンビニ2名 計:26名)
 6:40 道の駅藤樹の里あどがわ休憩
 8:10 第二京阪京田辺PA休憩
 9:10 道の駅吉野大淀休憩・買い物
10:10 吉野桜本坊駐車場着
11:00 静亭昼食
12:00 車田商店買い物
13:00 金峯山寺本坊でハクチョウに着替え
13:30 吉野ケーブル駅へ御輿を移動し待機
15:00 蓮華奉献行列出立(御輿・蓮華持ち担当)
15:30 金峯山寺蔵王堂法華三昧
15:45 蛙飛び行事
16:30 蔵
王堂前道場 採灯大護摩供
17:30 直会夕食
19:30 桜本坊御本尊前道中安全護摩供
21:00 入浴就寝

7月8日
 2:40 起床
 3:00 朝食
 4:25 桜本坊前出立
 4:30 小山神社勤行
 4:40 吉水院宗信法印墓勤行
 4:50 雨師明神勤行
 5:05 横川覚範首塚
 5:20 鷲尾神社勤行
 5:25 吉野水分神社勤行
    新客修行・大休止
 6:00 旧閼伽井不動尊勤行
 6:15 修行門通過
 6:25 金峯神社勤行
    新客修行・休憩
 6:55 金峯神社脇母公堂勤行
 7:10 旧女人結界地蔵尊勤行
 7:35 林道から旧道(五十丁)取り付き
    大休止・食事休憩
 8:40 新茶屋跡・立休憩
 9:20 足摺宿勤行・休憩
10:00  九十丁林道休憩
10:20  百丁茶屋跡(二蔵宿)勤行・休憩
11:20  大天井巻道 二つ目大谷
     大休止・食事休憩
12:05  五番関・女人結界門勤行
     大休止(新客先発)
13:00  鍋冠行者堂勤行
14:10  洞辻茶屋勤行
     大休止(葛湯・食事休憩)
15:15  等覚門勤行
15:40  山上桜本坊着・勤行
16:20  大峯山寺勤行
     採灯大護摩供
17:30  下山開始
18:00  洞辻茶屋分岐
18:25  お助け水通過
19:00  洞川清浄大橋着
20:00  西清旅館直会

7月9日
 8:00 西清旅館発
  各地観光(JA紀の里、粉河寺、酒蔵見学)

というような感じです。


7月7日~8日は行です。
初めてこられる方は、山の中も含めとても新鮮な経験ができると思います。

9日は、今年は天河弁財天、三室戸寺、伏見酒蔵の予定です。
天河の弁天さんはご縁がないと決してお参りできないというところ。
芸のご縁はないにしても、大峯弥山を遥拝させていただきます。
三室戸寺はあじさいの季節。
本山修験宗の別格本山でもあるので行者にご縁のあるお寺です。
伏見は・・・一番楽しみですね(笑)

さあ、小浜の方!
一緒に行きましょう

峰入り前に


今朝の南無南無☆

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今日は暑くなりそうな雰囲気です。
我が家のヤマボウシは満開です。

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が…山にはいけてません。

土曜は水防訓練の後、小坊主の野球。
昨日もそう。

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いよいよ来週は県大会です。
小浜代表として頑張ってもらわないと。

日曜は同じく小浜代表の西津さんと大飯郡代表の高浜さんと練習試合。
まあまあですが、県で戦うにはまだまだ。

練習試合の合間に…

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地域おこし協力隊の報告会へ。

まだまだ初々しく。
新鮮な目で新しい立場でも頑張ってほしいな!と。
そして、二人とももっと成長して小浜のために動いてほしいな!と。
思いました。

終了後は、いづみ町で懇親会という新しい取り組みで興味があったのですが失礼しました。

というのも。

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峰入り1ヶ月前。
若峰講の先達事務局会議。

今年の行程を確認しました。

蓮華入峯はもちろん例年通り。

3日目は念願の天河弁財天です。
その後、三室戸寺から伏見の酒蔵。

楽しみです。

今年は金曜日~日曜日。
多くの方にご参加いただけるよう願っています。

近づく入峰

あと2か月ほどで大峰入峯です。

毎年同じようなことしか書けないのですが
数人から今年の情報を!と依頼を受けましたのでアップします。

といっても先達会議も終わっていないのでなにも決定していません(笑)

日だけは決まっています。
毎年、金峯山寺の蓮華会への出仕です。
7月7日に吉野で蓮華会(蛙飛び行事)。
翌8日に山上までの蓮華奉献入峯。
翌9日に奈良近辺の観光地をめぐって小浜に帰ってきます。

今年は金曜日から日曜日の行程になるので多くの方にご参加いただけるといいですね~。

さて、
修行ですから、全国でも著名な修行の山に入っていただき無になる体験はなかなできない。
もう一つ、1300年前の奈良を媒介とした北と南の聖地のロマンもあります。

毎年、7月7日、8日に行われる吉野金峯山寺の蓮華会は、室町時代から現在まで続く伝統ある行事です。

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起源を奈良時代や平安時代まで遡る可能性もあり、奈良県の無形民俗文化財に指定されています。
修験道(山伏)の本山とも言える吉野の蔵王堂から大峯山上までを舞台にした2日間にわたる壮大な行事です。

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山とともに生きてきた日本人を体感できるロマンある行事、修行として全国的にも有名です。

行事を簡単にご紹介します。修験道の高祖、役行者さまが産湯に使われた蓮池の蓮を
蔵王堂および山上(一般に言われる大峰山)に至るまでの各所にお供えする行事です。

行事の中では、日本三大奇祭ともいわれる「蛙とび行事」もあります。
こちらは、神仏の罰を受け、蛙になってしまった罪人を修験者の験力により元の人間に 戻すというものです。

7月7日の吉野山は、蛙御輿が巡航してお祭り一色です。

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その中で、わたしたち若狭の衆(若峯講)は、蓮華宝輿と蓮華桶を蔵王堂にお運びする大役を担います。

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なぜ地方の講が本山でこのような行事の大役を担っているのでしょうか。
それは古くからの若狭と奈良のつながりの一端かもしれません。

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奈良時代、東大寺の創建には行基を筆頭に数多くの優婆塞(山伏などの在家仏教徒)が関わっています。
彼ら優婆塞は、神が住む山を敬い、かつ外来の仏教や道教 (先進的思想や文化)を受け入れた、
いわば伝統と革新を共存させた先駆的な人たちです。

海に開かれた国際都市若狭はその先進地であり、多田寺の勝行は東大寺僧となり、
実忠や良弁という東大寺二月堂に関わった渡来僧たちの痕跡も数多く残しています。

その最大の事跡が「お水送り」と「お水取り」です。
一方、紀伊山地の霊場 も同じく山を尊び外来の文化を受け入れてきた地であり、
東大寺創建の際には、吉野金峯山も東大寺と深く関わっています。

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このような、若狭と奈良、吉野のつながりが連綿と続いてきた一端が、蓮華会による若狭の蓮華御輿の奉献かもしれません。

1300年の歴史と、山に神仏を見た日本人の心を知る上で貴重な体験になると思います。
御輿を背負い月日の重みを、蔵王堂の内陣や奥駈道や行場では、ぜひ神仏が宿る山の自然から、 一年の力をいただいてください。
無になって初夏の山を歩くと心が洗われます。

「男は一度は大峯詣り」と古くから若狭に根付いていた行者講文化。
貴重な祭礼とともに体験することができます。経験豊富な先達衆がご案内いたしますのでお気軽に修行体験をしてください。

お待ちしております。

って、毎年同じようなこと書いてますねぇ~。

これから本番にかけて山や修験ネタが多くなってきます。

徐々に新しい情報もお出しいたします。

花供懺法会



修験の総本山、金峯山寺には三大行事があります。
「鬼も内」の節分会
若狭坊含む若峯講が出仕する蓮華会

そして、吉野といえば桜!
ということで金峯山寺最大の法会でもある花供懺法会(はなくせんぽうえ)です。

この行事は、本来、修二会の行事ですが時代の変遷や廃仏毀釈を経て現在の4月10日・11日・12日に行われるようになったそう。

修二会といえば、お水送りとお水取りなので若狭坊は興味津々です。

花供懺法会の起源は古く約1000年前にさかのぼるといいます。

由緒は様々な説がありますが、その昔、桓武帝が長岡京にて病に伏せったとき、吉野山宝塔院の高算上人の加持により病が平癒し、高算上人の望みにより吉野山蔵王権現のご神木の花神の供養が始まり、それが起源といいます。

そして、その費用を全国から一畝につき一穂の喜捨を願い、
全国から集めた米で4月10日に「吉野千本搗」で餅を搗き、参詣する人々に振る舞ったことが、現在の行事になっているといつことです。


明日からは花供懺法会の法会が2日に渡り行われます。

朝10:00、竹林院から行列が出発。
蔵王堂へ向かいます。

行列は、露払・会奉行・宗旗・会式協賛会旗・法螺、そして奴の行列となり、先達・挟箱(はさみばこ)・鳳・毛槍・算盤・傘が練り歩きます。

続いて、稚児・鬼・山伏・吉野山一山僧侶・法螺が歩き、管長の駕籠・信人総代の長い総勢250人の行列となります。

行列は、竹林院・櫻本坊・喜蔵院・勝手神社・東南院前で奴が「奴踊り」を踊ります。そして、蔵王堂へ奴踊りをしながら入り、行列が堂内へ入って行くのを蔵王堂前で見守ります。

その後、堂内では鬼踊りの後、花供懺法会が厳修されます。そして蔵王堂境内にて彩灯大護摩供が修せられ、その後、盛大に餅撒きが行われます。

現在の花供懺法会は、名だたる吉野山の桜の象徴的行事ですが、本来は、修二会の行事であり、堂内で行われる鬼踊りは、修二会の名残です。

花供懺法会は、廃仏毀釈以降は近代的な解釈が生まれ、現在のように「開祖役行者尊が御本尊金剛蔵王権現を御感得されて、そのお姿を桜の木に刻まれて以来、御神木としてあがめられている桜木を御本尊にお供えし、本年の桜の満開をご報告する儀式」という形になりました。

下千本は桜も見頃のよう。

桜の季節に一度は蔵王堂行きたいな~。

(参考:吉野山FB記事)
プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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