満行記2017おまけ編


今朝の南無南無☆

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入峯も終わり、どんどん日も短くなっていきます。
素敵な朝焼けでした。

さて、入峯の直会あけのけだるい朝。
だけど朝ウォーク。

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蛇ノ倉七尾山を南無南無し、
(奥ノ院にはいってません)

母子堂で南無南無し、

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ごろごろ水の源水に感動する。

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結果、いつもの倍以上。
一時間強の朝勤行となりました(笑)

そして、総勢バスに乗り込み
天河大弁財天社で南無南無

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日本遺産ですから。

急でしたが、講での参詣ということで
玉ぐしを納めさせていただき勤行。

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ようやくご縁がいただけ、この鈴をならすことができました。

そして、昼食後は西国三十三ヶ所の三室戸寺を南無南無。

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花の寺には蓮華や

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紫陽花が咲き誇っておりました。

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しめは最近恒例になりつつある酒蔵。

亀岡の翁鶴さんです。

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南丹美山とも関わりのある蔵なので親近感。

どぶろく買いました。

ということで、満足満足。

さあ、来年を楽しみに生きましょう。

早くも里の行に溺れそうですが(笑)
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蓮華奉献入峯満行記2017


今年も行ってまいりました。

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呑みにいったわけではありません。 

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そう!!命水というやつです(笑)


冗談はさておき。

今年も神仏に見守られながら無魔成満です。

すべての皆様。
ありがとうございました。


さて7月7日は早朝出発で一路吉野の蔵王堂です。

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金峯山寺の三大行事である金峯山寺の蓮華会へ出仕します。


お昼前に宿泊する桜本坊に到着。

恒例となっている勝手神社前の静亭で昼食後に車田商店で装束のお買い物。

昼過ぎには、私たちが奉献お運びする蓮華の宝輿と蓮華の前に待機です。

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そして蛙さんが登場。

この日は、日本三大奇祭といわれる蛙飛び行事も蓮華会の一環で行われます。

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蔵王堂に無事奉献後、蔵王堂前道場において採灯大護摩供。

直会後に桜本坊でも御本尊前で護摩を修法いただきます。




そして・・・


翌8日は、朝四時出発で拝所に蓮華をお供えしながら山上蔵王堂を目指します。

週末の日程だったため総勢130名超。

蒸し暑い中、数名の脱落者はあったものの無事山上にお参りさせていただきました。

結局、到着は夕刻四時ということで山上勤行と護摩供に参加できませんでした。


が・・・

こういう時にしかできないので、山上にお参りのメンバーで写真をとりました。

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そして、なかなか行かない山上お花畑で写真をパシャリ。

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左から市兵衛さん、長五郎さん、永三坊さん。


いい記念になりました。


個人的にはちょっと腰に不安がありましたが問題なし。

七時に下山。
八時から満行の直会。

また、翌日のおまけ編は改めて報告いたしましょう。


今年は急な事務局幹事となり、ちょっと楽しめなかったけど、

これも歳相応の修行ですね。

求められることはしっかりせんとあきません。

がんばりましょう!

残り364日の里の行に比べればなんということありませんからね。


旅の準備


今朝の南無南無

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ちょっと角度をかえて御来光

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明日は台風来そうですし…
その後は残業続きそう。

ということで、金曜日からの吉野への修行の旅の準備を始めた若狭坊です。

梅雨末期の気圧配置が続きそうですから、
北は雨でも吉野大峯の天気は大丈夫かな??
ただ…暑くなりそうですね~

さて、準備ですが、

アイロンがけから斑蓋、地下足袋、錫杖修理。

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残念ながら、春から乾燥させていた棗の杖は間に合わず。
というか、さすがに乾燥が進んで進んだものの、まだまだ重い。

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もう少しじっり削って柿渋塗布で来年を目指します。
錫杖頭だけ吉野か洞川で探してみよう。

ということで、準備をしながら日曜日にいただいたパンフレットを眺めているのです。

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遠足をまつ子どものようですか??(笑)

うちのオヤジが昔に同じように準備しているのをみて、「そんな魅力あるところなのか?」と疑っていたのが懐かしい。

今や、父より綿密に準備をしているかもしれない。

先達として、終始行に入るわけなので不備があってはいけない。
自分に不備があれば、度衆や新客への対応ができない。

実は楽しさでフライングしている準備はなく、
心構えも含めた責任の準備なのです。

山に行けば行くほど道中もそうですし帰ってきてからの里の行へも求められるものが高度になっていきます。

これが、終わらない一生の行というもの。

小さいことですが、準備というのも修行の一端なのです。

仕事も何事もそうですが、
「段取り八分」という言葉があります。
事前の準備は物資も心構えも体力も健康もすべて大切。

何事も余裕をもって準備を整えよう!

と、いいながら今年は若狭三山の前行にいけていない。

こう書いていると、若狭坊は何でも段取り八分が上手そうに見えるでしょ(笑)

そんなに出来た奴ではないです。

やっぱり山に入る、山に戻るのが楽しみなのです。

入峰一週間前


がんという病気は怖いものです。

すでに日本人の二人に一人が罹患する国民病ですが、
さまざまな情報があふれており、でも実際闘病する方の情報というのは貴重なものです。

闘病記録や家族の支えをブログで公開され、同じ方々の支えになっているのはいいこと。
これを同情を誘う独りよがりとかいって批判する方は許せない。

それと若狭坊もそうだが、ブログというのは、発信して知ってほしいというのと
自分に言い聞かせ自分を鼓舞するという弱い人間の人生の方法であったり生き方のツールでもある。

いわば責任を作り出し自分を追い込み自分を鼓舞しているのです。

だから見たくなければ見なくていいやん。
批判はしてはいけないよ。

少なくとも同じ病気で苦しむ方々の支えになっている。

若狭坊のブログも、少しは「小浜ってすごいな」と思ってほしいだけ。
そしてそれに関わるものとして責任もって動いていくと自己鼓舞しているだけです。

お見苦しいところは目をつぶってください。



さて、6月も終わり。

いよいよ入峰一週間前。
いろいろ準備をしたいのですが叶わず

今週末はお茶の京都関連イベント「日本遺産観光見本市」に参加してきます。
京都の南、木津・精華の学研都市にあるKICKで開催されます。

若狭坊の大学時代の行動範囲。
なつかしい地域です。

土日とも鯖街道行商人の格好で焼き鯖すしを販売していますのでお声がけください。
吉野の日本遺産もご参加ですので、一週間前の交流を深めてまいります。

さて、最近の若狭は焼き鯖すし。
京都といえば鯖ずし。
そして奈良・吉野といえば柿の葉すし。

7日は静亭でいただきますし、おみやげにも購入します。
江戸時代に由緒があるという柿の葉すしは紀州の塩鯖を内陸地でおいしくかつ保存を高めていただくもの。
祭りや慶事のごちそうとして食されるあたりや、目的などは京都の鯖すしと同じです。

若狭坊は大和を起源に、北の聖地若狭、南の聖地大峰熊野とよくブログで例えていますが、
じつは鯖の道としても文化を共有しています。

色々なところで繋がる聖なる道。

今年もバスながら若狭から鯖の道を南に道を辿り、
吉野から大峯奥駈道に入らせていただけるご縁。
先人に感謝です。

そして今週末はその途中で、しっかり焼き鯖すしを完売いたします(笑)
鯖街道は京都まででなく、奈良から吉野まで続いています。

大峰山と金峯山寺


さあ、大峯のご紹介にあわせ・・・旅の楽しさを。
メイン行程(2日目)は山岳修行です。
ちなみに1日目は蓮華会という金峯神社の大行事に出仕参加します。

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大峯山にお参りというと山上の大峯山寺や有名な西の覗きだけを連想しがちです。
なので、洞川清浄大橋の女人結界から大峯山寺までを大峯山と考えている方が多いと思います。
一般にネット検索などをされると上記コースがヒットするでしょう。


でも実は、北にある吉野の山下の蔵王堂から、大峯山寺の山上の蔵王堂までの総称が、実は大峯山であったり金峯山であったりします。
そして、山上・山下を含む道中にある社寺の集合体が「金峯山寺」です。
さらに山上から南の熊野に向かう道を含め「大峯奥駈道」として世界遺産になっています。


若峯講は金峯山寺の蓮華奉献入峰により、約20km以上の長い道のりですが、山下から山上までの古来の参詣道を辿ります。

金峯山寺の創建は7世紀末の役小角の金剛蔵王権現の感得に始まるといいます。
すでにこの頃には吉野も政治や信仰の拠点として成立しています。
一般参加の本体は東南院宿泊ですが、わたしたち若峯講の宿坊は飛鳥の香り高く天武天皇にゆかりのある櫻本坊。
こちらも歴史が体感できる護持院です。
博物館に頻繁に出展されるような文化財群がお出迎えです。

飛鳥の頃から、吉野から山上までが一体となって政治・経済・信仰の場であったことを想像するのは容易です。
後の奈良時代末には、弘法大師も吉野から山に入り、高野山にたどり着いています。

高野山開創とあいまって、吉野の拠点は一時衰退するようですが
9世紀末には聖宝理源大師が再興しています。

10世紀以後は大峯参りが大流行。
皇族や貴族の参詣が盛んになります。
有名なところでは藤原道長でしょうか?
山上からは経筒などの埋蔵品も発見されています。

平安貴族も信仰した道なのです。

鎌倉時代以降は、源義経や南北朝の盛衰などまさに歴史ロマンの宝庫。
飛鳥から現在まで、信仰の歴史を体感できます。

山上の大峯山寺本堂は日本で二番目に高いところにある重要文化財。
ちなみに一番目は立山室堂です。
プレミア感満載です。
どうやって建築したのだろう?
毎年考えてしまいます。

御本尊は蔵王権現。
蓮華入峰で参詣すると、新客(初めての方)は秘密の行者さんの参詣が許されます。

これらをすべて体感し、山下の洞川に下りた後のビールと温泉は最高です。

少し興味もっていただけましたか??

写真なしやし、伝わらんわなーーー。



ちなみに、この記事を書きおわって、昨日が高祖役行者様のご命日であり、梅田雲浜先生の生誕日であったことを再認識。

前後挟んでこのような記事を書いているあたり、生かされているなと思うのでした。


プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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