神明さん探検


若狭の銘酒

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そう「早瀬浦」

この冷酒用の純米酒おいしいです。

しっかり堪能の翌日金曜日は…

大神宮船留岩から

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神明さん南無南無

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海からお越しになられた伝承です。

海からお越しということで、

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八百比丘尼の伝承がある神社です。

この石碑はもともと山ろくの船留岩近くにあったもので、寛政九年に和久屋さんが寄進したもの。

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手水鉢は素麺屋中の寄進したもの。

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北前船の往来が盛んだった江戸時代の
小浜の知る人ぞ知る名産品です。

境内から小浜湾を望む名勝であったろう「亭の山(ちんのやま)」から、烏帽子岩を通り、後瀬山方面へ。

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帰りは登山道を通って、神明さんの旧境内地へ。

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外宮、内宮、八百姫社、熊野十二社権現のそれぞれの跡地を、残る絵図をもとに比定。

実は、この由緒ある神明神社を復活させようという動きがあり。
ありがたくもお声がけいただいたのです。

もともと鵜の瀬にいらっしゃる役行者様がいらっしゃった由緒ある地。
行者様と八百比丘尼が共存し、海と深い関係がある辺りが、小浜を探る上で、また修験者として楽しくって。

このご縁に感謝しております。

江戸時代、100名を越えたという小浜の行者は、
神明神社に籠ってから大峯に入ったといいます。

このプロジェクトの第一段は、小浜のまちづくりとコラボしてまもなく発表になるでしょう。

永三坊さんも誘わんとあかんな。


本日は日曜日の奉仕作業の予行練習!

作業前

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作業後

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予行練習でリミットでしたが
しっかり学童野球の練習にも顔だし。

あと僅かですから…
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白石鵜の瀬大明神おまいり

いよいよ冬将軍??
天気予報にドキドキさせられながら今日も晴天だった若狭おばまです。

明日の朝は、積雪でウォーキング中止だろうか??
たぶん里にはたいして積もらないんだろうな。

さて、今日は仕事の関係で午前中にAPECさまと打ち合わせをし、
午後はそのいきおいで上根来へ上がってきました。

鯖街道根来坂の拠点の山村集落にも本格的な雪はまだです。
今晩から積もり、雪室ができることを願っています。

さて帰りに白石鵜の瀬大明神にお参りしてきました。

まずは白石神社でツバキの社叢に囲まれ南無南無。

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次に小浜ゆかりの行者尊を南無南無。
おんぎゃくぎゃくえんのううばしょくあらんぎゃそわか

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いつお詣りしても、淋しそうでなんとかしたいのです。

そして鵜の瀬で若狭比古神、遠敷明神を南無南無です。

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ちょっと早いけど若狭神宮寺修ニ会「お水送り」の前行となりました。

お水送りの別当寺である若狭神宮寺は、全国でも稀な神仏混淆を伝えるお寺。
本堂内陣には若狭比古神本地のお薬師さまを本尊とし、
若狭比売神の本地である十一面観音をお祀りしています。

が・・・
このご本尊向かって右手の内陣に神の領域がありまして・・・
中央に「和加佐(若狭)比古大神」「和加佐(若狭)比売大神」をお祀りしています。

一般の家では仏壇と神棚を並列しますが、寺では異様。
いや・・・していない寺が本当は異様で、若狭神宮寺は普通なのか。

さておき、神様ですが、
一宮の根本神宮寺ですから、中央神はそれでいいのですが、
左右には興味深い神を祀ります。

一つは神体山の神
「那加王比古(長尾)明神」と「志羅山(白山)比女明神」
これは、本堂裏にそびえる神体山・龍の長尾山(多田ヶ岳)と
本堂正面に遥拝する白山(シラヤマ)です。

本堂向拝にいると彼岸にシラヤマから日がのぼってくるといいます。
太陽神を意識した寺でもあります。

もう一つはお水送りにも関連し、若狭比古垂迹地ともいわれる
「白石鵜之瀬明神」と「手向山八幡大神」となります。

どの神様も古代からの信仰と関係するヒントだらけです。

若狭神宮寺は創建時には若狭比古神願寺という名であったことが史料にでます。
若狭比古神が神の苦悩から離脱するために、仏の加護を受けて開いたという若狭神宮寺。
垂迹の絵巻に渡来人の姿で描かれている若狭比古神。

やはり渡来文化の受容を位置付けていると考えるのが妥当なのではないか?
シラを祀り、龍を祀り、不老不死の水を奈良に送る。

神宮寺は本堂前にシラ山を望み
若狭比古垂迹のシラ石神社にはツバキが群生し、
八百比丘尼(シラ比丘尼)の伝承を周囲に残す。

シラ石の地は、東大寺初代別当の良弁和尚の生誕地を伝え、

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二月堂お水取りを実施した実忠は神宮寺に滞在していた伝承がある。

東大寺初期に携わった彼らは渡来僧ではないか言われている。


いろいろなものから、大陸・半島と奈良の繋がりが強くみられ、
そのハブになっているのが、この地である。

在来信仰の多田と融合しながら、
都の北の聖地として、
どんどん社寺が創建され、現在の姿となっていった。

海と都をつなぎ、今につながる日本文化を創出していった土地が小浜の遠敷。

いつもの妄想。
見えない過去を覗こうとしています。

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若狭小浜の「お水送り」
奈良東大寺二月堂の「お水取り」

日本文化形成期のロマン漂う行事です。

ちなみに、お水送りを行うのは若狭神宮寺とされがちですが、あくまでも別当で。
行事を統括する井太夫様を筆頭に、
今も、白石神社前にお住まいの下根来の神徒衆が実は行事の主役となっています。
日本文化形成に尽力された子孫の方々です。

お水送りのこれまでの記事と似たりよったりの書き込みだな。
いつもいくつかの事例をあげてわかりやすくと思うので同じようになる。

これからはマニアックにそれぞれを掘り下げていこうかな?
マニア専門ブログとして(笑)

それはそれとして・・・

帰りにさらに道草して近代芝居小屋の復元をしている旭座へ。

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現代の音楽や演劇や娯楽とあわせ、
このような小浜のすばらしい伝統や歴史文化も発信できれば
施設の価値は格段にあがるような気がします。


テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

東大寺が握る歴史

なんか最近。
写真の少ない長文が多いですがお許しください。
決して暇じゃないです(笑)
朝の日課のようなものかな??



さて・・・今年の目標の一つに御嶽詣りがあったのですが・・・

噴火しましたね。
行方不明・心肺停止の方もあるようです。
ご冥福をお祈りいたします。

古くから王嶽蔵王権現さまが坐す山として修験道の山だった御嶽山。

権現さまは何にお怒りなのだろう。
鎮まれることを祈ります。


で・・・

修験道は山を信仰しますが、火山も信仰の一つだといわれています。
火に対する畏怖。火を鎮めるところから来ているのでしょうか?
「水」と「火」は信仰の大きな柱ですから。

また歴史解釈からいうと火から生まれる「鉄」とも関係あるのでは?とも言われます。
ギリシャ神話でも火の神バルカンは、火山と鍛冶に密接に関わっています。

ここで・・・紀伊山地の霊場(吉野金峯山)と若狭の関係から見てみます。
いつもですが(笑)

ともに東大寺の大仏建立時に関わったために、その歴史を随所に残します。
なぜ二月堂の神名帳で金峯大菩薩が呼ばれるのか?
なぜ二月堂に遠敷神社があり、若狭井から水が湧くのか?

これには、大仏の金を金峯に求め、メッキの水銀朱を若狭に求めたからという説があります。
(お水送り関係の過去ログに結構書いています)

関連して、宇佐八幡神の託宣があります。
日本の神仏習合を考える基礎資料として当時の文書が残っているのです。

なぜ東大寺創建にあわせて、地方神である八幡を中央に迎え入れるのか。
(全国の八幡の根本は宇佐にあります)

それは・・・大量の鉄が必要性だったからという説があるのです。

宇佐八幡社がある国東半島は六郷満山にあるように西の修験道の聖地でもあります。
そして、半島全体が火山であり、古くから鉄を作り出すところなのです。

吉野ー奈良ー若狭ー国東がここでつながります。

そしてこれら製鉄・メッキなどの技術は渡来のもの。
宇佐八幡神にしても若狭彦神にしても、おそらく渡来神(たぶん新羅)。
紀伊半島ももちろん海を媒介に文化・信仰を受け入れていたところ。

いずれも、「水」「火」「東大寺創建」を媒介に、既存信仰と渡来信仰の
融合による古代国家の成立過程がみられるのではないでしょうか。

そして修験者は優婆塞(在家)として大きく関わっていたのです。


紀伊山地の霊場と参詣道が世界遺産となって10年。
若狭小浜と国東半島が世界遺産登録を目指して10年弱。

実はいずれの資産も世界遺産「古都奈良の文化財」成立の根幹を握る文化をもっています。

若狭の社寺は単なる建造物の集合体ではないことを住む者ものとして追及しなければいけません。
そして国家成立に深く関わっていることを誇りに思ってほしい。

もちろんここには書ききれない深いものも潜んでいます。
軽はずみなことは書けないので、思いのみ書きとどめます(笑)


ここで一つ。
修験者は他の宗教者に比して、在家として商業・経済・産業の発展に深く関わってきた歴史があります。
そのため、歴史上こちらにウェートを置きすぎると悪山伏になる(笑)
歌舞伎などの芝居や時代劇で山伏=悪者はこのためなのです(明治の修験道廃止令の影響もあり)。

若狭坊のような生き方をしていると深い仏教・神道の宗教信仰者からは、ただのいい加減なやつ見たいに思われる。
わたしもブログコメントなどで責められたこと数知れず(^^ゞ

いや・・・修験道は在来の信仰と渡来の文化を融合させ、在家通常の生活にいかす。
昔から変わっていない。
私のブログ発信はここに原点があり、宗教思想史を示すものではありません。


だから若狭坊は里の行の中で、みんなの楽しい顔をみて、
人間らしい生活が送れるようにまちづくりにまい進するよう心がけています。

信仰教義や理念なども根本でしょうが・・・
卓上でそれを極める、理解するよりも・・・

まずは日々の勤行と里の行です。
人々の笑顔があふれるように・・・
音楽・芸術・食・・・なんでもいい。


たぶんどんな宗教でも根本はここにあると思うのですが・・・ね。

そこから教義も理解できるというものだから。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

お水送りを終えて

今年も無事お水送りを満行させていただきました。

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(写真はカリスマスタッフのAさまから拝借しました)


そして多くの御縁もいただきました。
ありがとうございました。

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特に飯道山行者のみなさまと親しくお話させていただいたことに感謝。
また山行計画をしなくてはいけまん。

例年にない暖かさの中の行となりました。
必ずこの時期に寒の戻りがあり、そして暖かくなっていく。
だから「若狭に春を呼ぶ」と例えられます。

10日後には東大寺二月堂若狭井に湧き出し、
御本尊にお供えされることと存じます。

本当に古代のロマンを感じる行事だと思います。


いにしえの人は何を伝えたかったのだろう?
どのような深い意味付けをしていたのだろう?
時代の移り変わりで、どのように意味付けが変わってきたのだろう??
現在の常識を取り払わないと意味がわからないのだろう・・・

民俗学的な信仰行事系のものを調査すると日々考えてしまいます。

最近ブログには、「東大寺」「若狭神願寺・若狭彦」「多太寺・多太神社」が
我が国の仏教受容と神仏習合のキーを握るのでは?と紹介してきました。


じゃあ、それ以外の社寺は??

三角形

いつも、各寺院を回り、山をみて南無南無していることをブログに書いているので。
少しは判り易く示さないとね☆


小浜の神体山、式内社、古代に起源のある寺院を繋いでみました。
おもしろいですね。上記95%網羅しています。

あえて多田寺・多田神社・神宮寺・若狭彦神社を外しましたが(笑)
このあたりは、いずれ若狭神宮寺の山河師が発表されるでしょう。

山を起点に由緒地が選定されているのでしょうね。
山からの測量は古代では当たり前。
もちろん、陰陽五行や四神が関連してくるのでしょう。

若狭坊は我が家(相生)で各神仏、各社寺の祭礼縁日を南無南無するときは、
多田ヶ岳と飯盛山を見て、方角を推測しておまいりします。

山伏なら深い考察をしろっ!
と言われそうですが、あえて線を引っ張っただけなので(笑)

無意味なことを・・・
地図遊びをして・・・
みたいに言わないでください。

「何か意味あるかもね☆☆」です。

それぞれにご考察くださればと思います。

若狭坊も神道・仏教・道教などが融合した修験者として、歴史研究者としてライフワークにしてみましょう。

ちなみに・・・

若狭坊のお水送りのお楽しみは・・・

おいしい手作りの料理の数々☆

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伝統料理です☆



テーマ : 日本文化
ジャンル : 学問・文化・芸術

鵜の瀬講


水曜休みは午前中はカット、午後はゴロゴロしている若狭坊です。

もったいない。


昨晩は「鵜の瀬講」

若狭神宮寺のお水送りも近づいてまいりました。


進行は若狭神宮寺ご住職。

出席者は、観光協会、下根来神徒中、井太夫、神宮寺区や遠敷の皆さん。

修験からは、若州修験道と若峯講。

講事務局のKさんと若狭坊が若峯講からの参加です。

会場は若狭神宮寺の桜本坊。

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若狭神宮寺旧二五坊の一つです。

ちなみに若狭坊は遺跡発掘調査を担当した経緯で、得度した場合は「下之坊」の一山住職に推挙いただけるお約束をいただいております(笑)

講はお水送りの昨年の反省を踏まえた運営打ち合わせ。

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粛々と終了し、4月実施の開山1300年のご報告。

お水送りから4月の献花・献音・献舞までがBSフジの1時間番組になります。

くわしくは、またお知らせいたします。



直会も早く終わったので、くぼたんに帰りKさんのお宅でさらに直会(笑)

遅くまで申し訳ない限りです。



さて・・・

お水送りに向けてそろそろ精進潔斎ですな!


今年は3月2日(日)


奈良東大寺に続く火と水の幽玄なオコナイ。

ぜひ春を迎える若狭おばまにお越しくださいませ。



テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

プロフィール

若狭坊

Author:若狭坊
1970年生まれ。奈良大学史学科卒業。当時からの専門は中近世考古学、中近世流通史、中近世都市史。
と書くと難しい(^O^)
現在の専門は仲間と行う歴史を活かしたまちづくり。
だが、実は修験にめざめた山伏なのでアール。

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